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熟年離婚、その後。

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今年も届いた年賀状

去年も来た元旦那のイトコからの年賀状が
今年も元旦那との連名で届いた。

PCで打ち出す年賀状と言うものは
データを変更しない限りいつまでも誤ったままだ。
去年もその年賀状は
「該当者おりませんので返送して下さい」
と付箋をつけて投函した。
なのに今年も届いたと言うことは
郵便局は返送していないのだろうか?
戻った年賀状を訂正せずにまた送って来たとしたら
さすが元旦那のイトコ、アッパレである。

今年、封筒に入れて返送することも考えた。
けれど切手代がもったいない。
今年も同じように付箋を付け投函した。
「該当者は居住していません。
返送して下さい」
モチロン今回も私の住所と名前はちゃんと書いた。

それにしても離婚して2年4ヶ月が過ぎると言うのに
あまりにいい加減過ぎるイトコである。
たかがハガキ1枚であるが、新年早々私は気分を害した。
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by arnulfstr | 2013-01-07 16:21

今年も終わり

気がつけば今年も終わりである。
振り返ればテンションの上がらない1年だった。

当然、会社の閉鎖が目の前に見えている状態では
来年がいい年になるはずもなく
新年を迎える気持ちはただただ重い。

それでも頑張るしかない私である。
来年がどんな年になるかは分からないけれど
どこまでも行き先は真っ暗だけど
身体にだけは気をつけて乗り切っていきたい。

今年もブログへの訪問、ありがとうございました。
皆さまはよいお年をお迎え下さい。
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by arnulfstr | 2012-12-28 09:47

伯父、亡くなる

昨夜、母の兄である伯父が亡くなった。
タバコも吸わないのに肺気腫を患い
ここ3年ほどは酸素を引っ張って暮らしていた。
遠い昔に離婚しており1人暮らしの長い伯父だった。

長女は現在、その離婚した母と暮らしており
次女は家族で山梨県に住んでいる。
どちらも外国人と結婚したためか
父親とはずっと疎遠だった。

けれど去年あたりから伯父の肺はポロポロで
いつ何があってもおかしくないと医者に言われた。
最近では呼吸が苦しくなると入院し
落ち着くと退院ということを繰り返した伯父だったが
先月入院してからは状態は良くなかった。
その頃からやっと娘たちは病院に顔を出すようになった。

伯父は以前から妹である母に全てを託していた。
希望する葬儀のやり方を話し、その資金を預けてもいた。
一昨日、危篤となり母や娘たち
そして別れた伯母が駆けつけた時も
伯父は「すべて(母)に頼んであるから
その通りにやってほしい」と言っていたと言う。

それまでも何かあるたびに
伯父のところへ駆けつけていた母だったが
昨日、伯父が亡くなったことでまた忙しくなった。
これから葬儀の手配やら何やら・・・
自分が2年前に経験したことをまたやるのである。
当然、姪っ子たちには初体験であることを思えば
母が中心になって仕切ることになるだろう。

母はきっとこの先も
こうして兄弟たちの面倒をみるために生かされている。
父が先に逝ってしまったのもそのためだろうと思う。

週末から週明けあたりが葬儀だろうか。
今年は春に叔母を送り、年末には伯父である。
寂しい2012年となった。
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by arnulfstr | 2012-12-21 09:46

すでに売り出し中

昨日の夕方、不動産屋が訪ねて来た。
すでに出ているこのビルの売却情報を見て
買いに来たという。
その人はここを居抜きで買い取り
しばらくのちにはマンションを建てたいと言った。

つまりこういうことだ。
社長が私たちにその話をしたのは昨日だが
それ以前にもう売却を不動産屋に頼んでいたのだ。
そうなりゃ次々と不動産屋が訪ねて来るだろう。
社長はその中で条件が合えば売るつもりなのだ。

口では「タイミングの問題だからいつとは言えない」と言い
年明け早々にある耐震検査のことが優先のように話した。
1つの業者が診断した後、秋に再度
別の業者が調べ診断に間違いのないことを確認する。
その数値が0.6以下なら建て直しか何かの指導が来るらしい。
売却はそれが済んでから・・・と匂わせる言い方だった。

私たち社員は昨日、社長が出かけた後で話し合った。
まさかすでに売りに出しているとは思ってもいなかったため
閉鎖時期は来年いっぱいか、再来年だろうと読んだ。
けれど、とんでもない!
下手をすれば来年も早々かもしれなくなった。
私たち社員もパートも全て仕事が無くなりプーになる。

社長と言うのはそういう汚いやり方をする人だ。
実際、年内で他社に経営を引き継いだ飲食店3店も
今現在従業員には一言もその事実を知らせていない。
知らせるのは29日、仕事納めの日で
「年明けからここは別の会社に譲ったから」
とでも言うのだろう。
今度の会社はしっかりした会社だから
みんなにもその方がいいと勝手な理屈をこねている。

けれど社長はどこまでも世間知らずである。
確かに新しい会社は最初こそ、従業員共々引き継ぐだろう。
けれどもらってしまえば自分の店である。
その会社のやり方で動かすのは当然のことで
ましてや社長が好んで採用した
60を超えた人たちばかりが働く店である。
今度の会社の定年に合わせれば、全員がクビだ。
すぐではなくても、そう長くは働かせてもらえないことは
火を見るより明らかなのである。

経営者が変わるなら
仕事を辞めたいという人がいるかもしれない。
前もってその事情を説明したうえで
1人1人に意思を確認すべきであろうと思う。
私たちは何度も社長にそう言ったが聞く耳を持たなかった。

何でも直前。
すべてを決めて動かしたあとで社員には告げるのである。
どうにもならないギリギリのところまで言わないのだ。
これまでもこのやり方で全てをやって来た。
結果、訴えられ多額のお金を弁護士にも相手にも払って来た。
同じことを何度も何度も繰り返し
それでも学習しないのがボンボン2代目社長なのだ。

そして今、私たちにも同じことをしている。
社員はみんな怒っている。
私たち全員がこの先の人生設計をまるっきり狂わされた。
この歳で放り出される怒りは大きい。

今日、社長は全く何事もなかったかのように
フツーの顔で出社している。
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by arnulfstr | 2012-12-13 10:40

ついに閉鎖決定

社長が私たちに言った。
このビルはそのうち売却するそうだ。
タイミング問題なので来年になるか、もう少し先か
それは何とも言えないそうだ。

理由はモチロン耐震の問題である。
そして次に自分の健康問題。
あそこが悪いの、ここが痛いの何だのと
それをグダグダグダグダと言い訳した。

私は心に思ってることをすべて言った。
このまま「はい、そうですか」と
おとなしく引き下がるわけにはいかない。
「ここに定年までいればいい」
と言った社長の言葉を信じ
私は離婚をふんぎる気持ちにもなった。
家と収入があれば何とかなると思ったのである。

今、その人生設計はゼロに戻り
私はまた1から始めなければならない。
履歴書を書き、面接をしては
返送される履歴書にため息をつく毎日である。
それ以前にハローワークの窓口では
年齢を言っただけで先方に断られるということの
繰り返しを乗り越えなければならない。

この際、最後の最後まで居残り
もらうべきものは全てしっかりともらうことに決めた。
「失業保険が多く出るからいいでしょ」
と言う社長に、そんな考えは
世間では通用しないことを教えてやらなければ。

とても、新しい年を明るい気持ちでは迎えられない。
ちっともおめでたい気分になれない・・・。
どこまで下れば私の人生は落ち着くのだろうか。
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by arnulfstr | 2012-12-12 13:38

ぬか喜び

先週、テナントが退出予告にやって来た。
半年後、来年の春には出て行くとのことである。

あ~・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう言葉がない。
9階建てのこのビルは、来年の春には
3階までしか埋まっていないビルになる。
9階建てでありながら4階から上は全て空き室なのだ。
もはやエレベーターなど必要もない。

耐震補強の話も、実現性のあるものではなく
どうやら「一応」診断をしてみるという程度のものらしい。
そもそも、とっくにやる気を失くした社長が
設計事務所の話だけで気持ちを変えるはずもなかった。
結局のところ向かう方向は何も変わっておらず
「閉鎖」である。

すでに残るテナントも引越しを考えていると聞く。
来年中に残り3社が出てしまえば
そう・・・すべては終わりである。
私たち社員は職を失い
この歳からの転職を余儀なくされる。

社長の頭には、会社都合だから
失業保険は多く出るわけだし、それでいいだろう
という考えがある。
あまりにもふざけ過ぎていて話にならない。

あ~・・・暗い正月を迎えそうだ。
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by arnulfstr | 2012-12-05 16:05

身近なところに暴走老人

土曜日、以前の会社の同僚が遊びに来た。
彼女は私が辞めた後もずっとそこで働いている。

そもそも私はその会社のオーナーが
女性にだらしないことがイヤで辞めた。
私が知るだけでも社内には過去2人の愛人がおり
公私混同も甚だしく、社内の雰囲気は最悪だった。

けれど、彼女によればオーナーは何1つ変わることなく
70歳も半ばになろうという今でも
同じことを繰り返しているという。
しかもさらに彼女の口から飛び出した話には
私は開いた口が塞がらなかった。

自分には家族がいることをどこかへ置き
全く、呆れた行動に走るその姿は
精神的に何か問題があるのではと疑うほどだ。

私の別の友人は、やはり仕事関係の男性に
言い寄られている。
これがオーナーとまさに同じ世代の
妻帯者だというから驚く。

その方面に元気なオヤジというのは
いくつになっても変わらないということだ。
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by arnulfstr | 2012-11-27 16:45

同級生とデート

約束通り、昨日同級生と会って来た。
2人とも飲まないが
結果的には居酒屋の個室はゆっくりできた。

彼は現在ディズニーシーで働いており
私の誕生日プレゼントだと言って
ミッキーのルームウェア&紅茶をプレゼントしてくれた。
キャラクター好きの私にはたまらない贈り物だ。

話はこれまでのそれぞれのブランク部分から始まり
現在の話やら何やらと尽きることが無かった。
どうせ行くなら楽しんで来ようと
気持ちを切り替えたのも正解だった。
とりあえず、無事に3時間半が過ぎた。

ところが、1度だけでいいと言われて会ったはずが
帰宅後届いたメールには
「暇な時にはまたデートしましょ。
ぜひお願いいたします」
と、絵文字盛り盛りで書いてあった。
ん~・・・私はもういいな。
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by arnulfstr | 2012-11-21 13:34

辛すぎる現実

現在のところ私のブログは2つしかないので
あちらに書けないことはここで書くしかない。

土曜日、同じ教室に通う友人が突然休んだ。
趣味友の彼女とはもう長い付き合いである。
確かに仕事も忙しい彼女ではあるが
これまで休む時には必ず私に連絡をくれていた。
それが何の連絡も無く休むとはイヤな予感がした。

帰宅してからメールをしたが
「返信はいらないからね。
来月会えるのを楽しみにしてるよ」と書いた。
仮に何かあったとしても、落ち着いた時には
ちゃんと彼女から話してくれるだろうと思ったからだ。

返信が届いたのは昨日の午後になってからである。
足をケガしたけれど
何とか歩けるようになったと書いてあった。
それからやり取りすること3回目で
彼女は真実を書いて来た。

金曜日の夜、彼女の目の前で
ご主人が死のうとしたというのである。
足のケガはそれを必死に止めた時に負ったもので
全ての指を突き指した状態だという。
診た医者も首をひねる症状で、彼女は一言
「人命救助です」
と言ったらしい。

彼女のご主人はちょうど去年の今頃
プライベートで旅行した先のホテルで事故に遭った。
夜、夫婦でベランダでお酒を飲んでいたところ
彼女の目の前で
誤って5階のベランダから落ちてしまったのである。
下は芝生でも何でもなくコンクリの駐車場。
どう考えても助かる見込みのない状態だった。

ところが酔っぱらっていたことが幸いし
ご主人は寝たきりになることも
車椅子が必要になることもなく見た目だけは回復した。
けれど実際は彼女曰く
「豆腐パックを落としたような状態」だそうで
つまり外見は何でもなくても中はポロポロということだ。
内臓の全てを損傷し、肩にはボルトが入り
脳もモチロンダメージを受けたため
ものごとを記憶することができなくなってしまった。
さらに、目まいは未だに取れずにいるようで
それでも仕事には復帰し、頑張っているように見えた。

けれど・・・よほど辛かったのかな・・・。
将来に悲観してしまったのかな・・・。
それでも、無くなっていい命だったなら
今ここにご主人はいないはずだと私は思う。

身体が思うようにならない苛立ちや絶望
それはやっぱり本人にしか分からないのだと思う。
それでもご主人を一生懸命支えている彼女を思うと
私はかける言葉が見つからない。
夜中に何度もご主人の呼吸が止まっていないかを確認し
熟睡することがないと言っていた彼女である。

幸い、彼女は落ち着きを取り戻し
気持ちも立て直してきたと書いてあったが
目の前であった事実を
そう簡単に忘れることはできないだろう。
どんなに怖かったかと思う。

ご主人がこのことを覚えているかは分からない。
けれど衝動的にしろ行動に出たということは
気持ちの中にその思いがあるということだろう。
今まで以上にご主人には気をつけてあげなければならず
彼女の方が壊れてしまわないかと心配だ。
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by arnulfstr | 2012-11-12 11:31

真夜中のメール

20日の日に友人と会うことになった。
デートしてほしいと言われていた同級生である。

レストランで食事して、それからお茶して・・・
という流れは私自身どうしても気が進まないのに
「11月中に是非!」
と催促のお願いメールが届いた。

だったら最初から居酒屋で・・・。
と言うことで急きょ話は決まり
面倒なのでお店の予約も私がした。
2人とも飲まないのに居酒屋とは笑えるが
それでも私は気が楽になった。

すると昨日・・・もとい、真夜中1時51分
その彼からメールが届いた。
そもそもメールを送る時間としてもありえない。
私は先行きの不安からか最近は睡眠に問題があり
夜中に何度も目が覚める。
ところが昨日はそのメールが来るまで
珍しく爆睡していた。
けれどその眠りは着信音によって遮られた。

そんな時間にメールがあれば何事かと思う。
とりあえず読んでみれば
これが絵文字盛り盛りのメールだった。
要は、自分が誘っておきながら
お店まで決めてもらったことへのお礼と
助かったという感謝の気持ちを延々と・・・
そして最後は
「当日はたくさん食べようね~」となっていた。

何やら勘違いされているのでは困る。
早速今晩、非常識な時間のメールは止めてほしいと
送るつもりである。
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by arnulfstr | 2012-11-08 16:36