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熟年離婚、その後。

カテゴリ:家族( 31 )

いよいよ1人暮らし

先月初めから息子が帰って来なくなった。
時々荷物を取りに寄っているようだが
現在の生活は彼女の部屋がメインとなっている。

息子は29歳。
同棲を許可した記憶は無いが
すでに成人している息子に私が言うことは無い。
自分の行動には自分で責任を持てばよい。

そんなわけで私は今、1人で暮らしている。
もともと時間帯が逆ですれ違いだったため
息子と暮らしていてもほとんど会うことは無かったが
それでも洗濯やら何やらとすることはあった。
けれど今や完全に1人。
洗濯だって自分のものだけである。

いつかはそうなるわけだが
いざ1人になってみると、やっぱりこの家は広すぎる。
とりあえず春には娘がお産で戻って来るが
その後、本当に息子が出て行った時には
いよいよ引越しを考えた方がいいかもしれない。
そんなことを考えた1ヶ月だった。
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by arnulfstr | 2013-11-10 17:26 | 家族

手続き完了

息子の改姓手続きが完了した。

当初の決意通り
誕生日当日に役所へ行った息子だったが
お昼休みとぶつかり届け出ができなかった。
結局、午後の業務開始を待っていては
仕事に間に合わないためこの日の提出は断念した。
そんな時間に行く息子も息子である。

翌日気を取り直して再び出かけ
今度こそ無事に手続きを終えた。
29歳の翌日、彼は私の姓になったのである。
けれど新しい住民票はすぐにできるそうだが
戸籍謄本は2週間くらいかかると言われたらしく
具体的な変更についてはまだ何もしていない。
これから徐々にである。
改姓しても仕事上は今まで通り変わらないので
本人もあまり実感が無いかもしれない。
実際、この事実はまだ誰にも知らせていない。

元旦那がこれに気付くのはいつのことだろう。
戸籍謄本を取ることはそんなに多くはないので
当分は知らないままかもしれない。
もっとも、それについて何を言われたところで
これは息子の意思であり
本家の姓を継ぐ長男の息子はもうどこにもいない。
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by arnulfstr | 2013-05-02 16:19 | 家族

当分は息子と2人

あれよあれよという間にお昼前
社長がビル売却の正式契約に出かけた。
これでこのビルは他人のものとなり
会社の閉鎖も正式に決まった。

予想以上に早いペースで、私の失業ももうすぐだ。
とりあえずは失業保険をもらい、次を探す。
今となってはジタバタしたところで仕方ない。
焦らずにゆっくりじっくりと探そうと思う。
今度こそ必ず最後の定年までいられる会社だ。

大晦日から我が家へ転がり込み
その後実家へ戻っていた息子の友達が一昨日戻って来た。
そしてそのまま我が家へ一泊し
昨日の夜、息子が手伝って元の家へ戻って行った。
結局15歳年上の彼女とよりを戻し同棲生活に戻ると言う。
息子と同じ28歳である彼を思えば
これで良かったのかどうかは分からない。
ただ、夜にしていた料亭のバイト生活から抜け出し
4月から正社員として就職が決まったことはめでたい。

従って、息子が彼と一緒に部屋を借り出て行く案は無くなった。
世の中を知る勉強の機会が失われたことは残念だが
これで当分また、私と息子の2人暮らしは続く。
息子も彼のように夜型の仕事から
早いところ転職してもらいたいと思う母である。

息子の改姓のための申立書はすでに家裁へ送った。
順調に審査が進んで許可が下りれば
来月上旬にはその旨の書類が届くはずである。
そして誕生日当日に役所で手続きをすれば
息子と私はやっと同じ名字を名乗ることになる。

相変わらず次から次へと色々なことがあり
落ち着かない私である。
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by arnulfstr | 2013-03-21 13:40 | 家族

娘夫婦は田舎へ

土曜日、娘夫婦と息子の4人でランチした。

娘夫婦は年末年始を娘婿の実家で過ごし
その際に、将来についての話をして来たようだ。
以前から娘夫婦は「田舎で暮らしたい」と言ってはいたが
今回、話はかなり具体的に進んだようである。

今年が本厄である娘はいよいよ子供を産むことを考え
そして子供を育てるなら田舎がいいと言う。
ちょうど娘婿の実家が築40年であることから
どうせなら二世帯用に建て直し
一緒に住むのはどうか・・・となったらしい。
すでにあちらに滞在中に住宅展示場にも行ったと言う。
つまり娘はその時には今の会社を辞めることになり
私は孫の顔を頻繁に見ることができなくなるわけだ。
いくら子供が嫌いな私でも、それはさすがに寂しい。

息子が家を出る話は、居候がまだ戻っていないため
具体的には何も進んでいない。
けれど息子も出て行くだろうという予感はしている。

どちらも実際にどう動くかはまだまだ未定であるが
それでもやはり、私を取り巻く環境は
大きく変わりそうな今年である。
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by arnulfstr | 2013-01-29 14:43 | 家族

激動の1年か

息子が出て行くかもしれない話を娘にした。
娘も息子の甘さに呆れていたが
それでも世間を知るいいチャンスかもと言った。

仮に息子が出て行ったとしても
近い将来、娘が帰って来るらしい。
どうやら娘たち夫婦も
やっと子供についての結論が出たようである。

このお正月、娘夫婦は娘婿の実家に帰省した。
すでに下の妹さんには去年女の子が生まれ
上の妹さんは臨月で里帰り中である。
そんな中で、娘たちも色々と
思うところがあったのかもしれない。

娘は今年本厄である。
確かに子供を持つなら急いだ方がいい年齢だ。
けれど、とにかく多忙な娘である。
去年も11月~クリスマスまで1ヶ月アメリカに出張した。
希望して異動した職場はメチャメチャ忙しく
毎月制限時間いっぱいまで残業し
終電で帰宅することも珍しくない。
娘婿はと言えばその仕事柄、朝も夜も土日もなく
1度撮影に入れば長期出張も当たり前だ。
実際去年は1ヶ月パキスタンに出かけた。
そんな生活の中で子供を持てるわけもなく
2人からその話も全く出ないことから
私は子供のことは考えていないのだと思っていた。

ところが娘のメールには
「産休に入ったらそっちでお世話になるからよろしくね」
とあり「そう遠くない将来」とつけ足してあった。
もちろん今の仕事を辞めるつもりは全くなく
産休、育休をしっかり取るそうだ。
さすが私の娘である。

とにかく何やら動きのありそうな今年である。
私自身にとっても子供たちにとっても。
まぁ、なるようになるでしょ。
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by arnulfstr | 2013-01-11 14:25 | 家族

甘過ぎる息子

大晦日の夜、息子の友人が転がり込んできた。
彼は同棲していた彼女と別れて行く当てが無く
当面、部屋が見つかるまで・・・と言うことで
私も仕方なく了解した。
息子は自分の布団を彼の部屋に持ち込み
毎日合宿のノリである。

世の中が動き出したのでサッサと部屋を決め
出て行くものだと思っていたが
ここへ来て風向きが変わって来た。
どうやら息子ととんとん拍子に話が進み
2人で一緒に駐車場付きの部屋を借りる気になったらしい。

そもそも息子は今現在、家へ入れることになっている
毎月の生活費3万円でさえ払えず踏み倒している。
さらに車を譲ってもらった際の代金は元旦那から借り
返済は滞ったままだ。
言うまでもなく、私が貸したお金も戻っていない。
そんな中でどこに家賃を払う余裕があるのか。
家賃を払えるなら借金をまず清算すべきだろう。

友人はこれまで8万円を家に入れていたと言う。
駐車場付きで2DK以上の部屋を借りれば
半分ずつ負担したとしてもそれ以上かもしれない。
私は息子にこれらすべてを話して聞かせたが
もはや彼に聞く耳はなく、盛り上がったままだ。
「その時は2人で相談して何とかする」
・・・あ~~甘い。

友達とはたまに会うから楽しいのだ。
朝から晩まで一緒にいれば色々なことが目につく。
それにお金が絡んでくれば
最悪、友達関係だって崩れるかもしれない。
それも言ったが効き目はない。

けれど考えて見れば、28にもなって息子は家で暮らし
私はついでだからと息子の弁当まで作ってやっている。
外での生活経験がない息子には
そろそろ現実の厳しさを知るのにいい頃かもしれない。
自分がどんな状況でも
何より優先して払わなければならない家賃。
身を持ってその大変さを知ればいい。

出て行くと決まれば簡単には戻って来させない。
その覚悟で出て行けと言うつもりだ。
そして私は完全に1人になり、ちょうど仕事もなくなる。
私自身の引越しを考えるのもいいかもしれない。

それに息子は彼女と別れたらしい。
霊感のある友人にみてもらった未来図は
これで全く違う方向になる。
この1~2年で私の生活も大きく変わりそうな予感である。
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by arnulfstr | 2013-01-09 16:02 | 家族

伯母入院

九州地方で降り続いた大雨は
父の兄弟の住む町にもかなりの影響を及ぼした。

電話で現地と話した母によれば
避難するところまでではないものの
大雨で家が雨漏りし始めたそうだ。
けれどとりあえずは大丈夫そうとのことで安心した。

ところがそこで思いがけない事実が発覚した。
3月末に帰った伯母が転んで腰を打ち
もう半月くらい入院していると言うのである。
歳も歳なので、そのまま寝たきりになってはと心配したが
現在伯母は一生懸命リハビリに励んでいるそうだ。
実際、伯母のいる病院近くまで水がつき
早く退院してほしいと言われているらしい。

けれど伯母の娘は
自分を残して上京した伯母を母と認めておらず
さらには口だけは達者な伯母を娘婿までもが嫌い
「かわいくないババア」と言われているようだ。
義理の息子と言っても、ほとんど初対面のような状況で
伯母も口を開けば
「帰りたい」「来るんじゃなかった」と言っていれば
その関係たるや良好になりえない。

伯母は孫とひ孫と同居しているのだが
料理などはさせてもらえないようで
食事はすべて近くの娘宅で食べさせてもらっているらしい。
これで寝たきりになれば何を言われるか分からない。
だからこそ、必死にリハビリを頑張る伯母なのだろう。
長い間の1人暮らしから一変した毎日。
気の強い伯母だからこそ乗り切れているのかもしれない。
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by arnulfstr | 2012-07-20 14:17 | 家族

この夏、父の3回忌

この8月は早くも父の3回忌となる。

先日の同窓会では
父が撮影してくれた私が中3時代の8ミリを編集し上映。
私や私のクラスだけではなく
学年のみんなが映っている思い出深い8ミリだけに
参加したみんなに喜んでもらうことができた。
きっと父も喜んでくれていたに違いない。

また、仲の良かった同級生からは
「お父さんの娘への愛情を感じる8ミリだったよ」
と言われ、改めて父のことを思い出した。
・・・そんな父の3回忌である。

父が亡くなった翌年、伯父が亡くなったため
その後9月にはすぐに伯父の1周忌となる。

ところが内縁であった伯母は
「アタシは足が悪いから」
を理由に、何もやらないと言っているそうだ。
実際、そんなわけでこれまでもお墓参りは1度もせず
言葉は悪いが「入れっぱなし」の状態である。
母が父の墓参りに行けば一緒にお参りこそするが
本来、ここに入れる義理のない伯父であり
それを騒いで入れてもらったわけなのに
あまりにふざけた話ではないか。

病気の発見からあっという間に亡くなってしまった伯父。
最低限の葬儀でサッサと納骨され
そのまま放ったらかしでは、あんまりだ。

せめて父の3回忌の時に
私は伯父の分もしっかりお参りしようと思った。
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by arnulfstr | 2012-06-28 17:08 | 家族

おばたちのその後

前回書いたおばたちのその後を書いておく。

九州に帰った伯母は現在
離婚した孫とその息子と3人で暮らしているそうだ。
けれど、帰る当日の挨拶はモチロン
あちらに無事に着いた連絡すら伯母からはない。
これにはさすがの母も呆れていた。
これまで長い間、実の姉のように
面倒を見て来た母に何もないとは・・・私も言葉が無い。

そしてもう1人の叔母は先週末亡くなり
今週初めに葬儀も終了した。
叔母夫婦には子供がいないので
この先の人生は叔父1人である。

これまで叔母の通院には
毎回、母が車椅子を押して付き添った。
具合が一気に悪くなってからは
母は叔父宅にずっと泊まり込んだ。

そして葬儀の後
お骨と自分だけになるのはイヤだと言う叔父のため
今週末の納骨まで、また母は泊まり込んでいる。

母は何事も頑張りすぎる性格なので
あとで疲れが一気に来るのではないかと心配している。
実際、土曜日から葬儀まで
4日連続しただけの私でさえも相当の疲れを感じている。
母がまた寝込まないでくれれば・・・と思う。
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by arnulfstr | 2012-04-12 14:30 | 家族

おばたちの旅立ち

明るく楽しいブログにしたいと思って始めたのだが
どうもこのブログは暗い話題が多くなる。

別のメインブログには日々の出来事を書いているが
知り合いが多く読んでいるため書けないこともある。
その部分を書こうとすれば
明るいブログにならなくても仕方がないのかもしれない。

最近の出来事はと言えば
まずは父の姉である伯母が先月末、予定通り帰郷した。
空港まで伯母を送って行ったのは
長いこと音信不通になっていた1番下の弟である叔父だった。

先月半ば、私がネットで息子であるイトコを探し出し
連絡を取ることができた叔父である。
その後半月の間に叔父は伯母宅を訪ね
1人暮らしの自分と暮らすことも提案したそうだが
伯母は予定通り帰ることにした。
だったらせめて・・・ということで送ってくれたらしい。

この話を聞いて、私はとっても嬉しかった。
何より、頑張って
叔父と連絡を取った甲斐があったというものだ。
最期までこちらで看取るつもりでいた母も安心した。
伯母は現在、バツイチの孫&ひ孫と暮らしている。
話し相手がいると聞いて私も安心した。
これからもまだまだ元気でいてほしいと心から思う。

けれどもう1つ、悲しい話もある。
私の父が倒れた後、舌ガンが見つかった叔母がいた。
母の弟の奥さんである。
その叔母が、いよいよここ1~2週間だと言われた。
すでにガンは全身に転移し、モルヒネを使っている。

叔母は自宅療養だが
いつ急変するか分からないため1人にできず
叔父が仕事に出ている間は母が通うことになった。
「私は1人だし身軽だから」
と母は言うが、頑張りすぎると後日寝込む母だけに
私はそちらの方も心配だ。

父が亡くなってから叔父が続き、今度は叔母。
そういう年齢であるとは言え何とも寂しいことである。
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by arnulfstr | 2012-04-04 16:40 | 家族