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熟年離婚、その後。

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エンディングノート

現在は息子と2人暮らしの私だが
それでも用意しておくに越したことはないと購入したのが
「エンディングノート」である。
遺言書のような効力はないものの
いざという時に遺された家族が困らないように
自分についての全てを記録しておくことができる。

たとえば「友人・知人一覧」というところには
友人たちのデータを記入するのだが
これが普通の住所録とはちょっと違う。
その友人に「入院時や葬儀時に連絡をするかしないか」
の欄があり、それぞれに希望を書けるようになっている。

また「告知・延命処置について」のページもあり
自分が残念ながらその判断が必要な状態になった時に
どうしてほしいかを、ちゃんと意思表示しておける。

さらに「葬儀について」は
葬儀を希望するかしないかに始まり
葬儀業者を利用するかしないか
そして葬儀費用の準備の有無までが書ける。
どこの金融機関に準備してあるのか
またはどの保険をそれに充ててほしいのか・・・
遺された家族には助かる情報だ。

私はこのノートをかなり書き込んだ。
完璧に書き上げておけば
とりあえずあとのことは心配もなく安心だ。
モチロン、メモ欄にはブログの閉鎖も
お願いしておこうと思っている。

備えあれば憂いなし。
この準備は決して早過ぎることはなく
生活のシンプル化と共に
1人暮らしの人間には大切なことだろう。
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by arnulfstr | 2011-02-21 16:28

再婚はしない

喪中のハガキが旧姓だったことなどから
私の離婚を知った2人の男性から連絡があった。

1人は現在も独身を貫く中学時代の同級生で
当時私は彼からラブレターをもらった。
けれど卒業後に連絡を取り合うことはなく
前回の同窓会で30年ぶりに再会したものの
幹事であった私は彼と話すこともできなかった。

その彼が今回私の離婚を知り
これはきっと自分に来た最後のチャンスだと
再度立候補をしたい旨のメールをくれたのだ。
実は彼のお母さんは
私の父が亡くなる2日前に亡くなった。
そんな身内の病という共通点があったため
春頃から時々近況を知らせ合い励まし合っていた。
その後も彼は私に対する気持ちを
そのまま隠さず素直にメールしてくれている。

もう1人は昔の職場の上司だ。
現在はバツイチで1人暮らしをしている。
隣の席で一緒に仕事をし、お世話になった人だ。
当時から私を気に入っていると宣言していたが
今でもその気持ちは変わっていないと言う。

私にとってはどちらもありがたく嬉しい申し出である。
けれど残念ながら私自身は
たとえそれがどんな相手であろうと
再婚は全く考えていない。
私はやっと自由になり、これからは
自分の思い通りに生きて行こうと決めたところだ。
それを今また自分以外の新しい誰かのために
変えようとは思えない。

モチロン異性の友人はいないよりいた方がいいだろう。
それでも面倒臭い付き合いはしたくない。
もともと私は長生きしたいと思っていないし
とりあえずあと10年くらい生きて
その毎日を自分が幸せだと感じられたらそれでいい。
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by arnulfstr | 2011-02-18 16:24

バツイチ友人も大変

旦那の浮気が原因で
私より1ヶ月早く離婚した友人のその後だ。

彼女は私と違い
自分が家を出て1人暮らしを始めた。
去年社会人になった娘は彼女と合わず
現在も父親と2人で暮らしている。
彼女は1人で生きて行くため
それまでのパートを辞めてキチンとした仕事につき
職場の近くに部屋を借り、新しい生活をスタートした。
当然収入は増え、将来的には年金分割もあり
1人の生活は順調にスタートしたはずだった。

けれどそれから4ヶ月、去年の秋に
彼女の妹さんが若くして脳梗塞で倒れた。
昔から性格が全く合わず
ほとんど行き来の無い妹さんではあったが
唯一の肉親である彼女にその連絡が入った。

幸い手術は無事に済み、今もまだ入院しているが
彼女曰く妹さんは「その性格ゆえ」結婚もできず
恋人もいなければ友人もいないらしい。
現在もリハビリを続けているものの左半身は動かず
この先、職場に復帰することは難しいかもしれない。

そんな妹さんが以前のように
1人暮らしを続けられるかどうかも分からない。
最悪、自分が看るしかないだろうと覚悟した彼女は
結局、現在の仕事を更新せず
春からは語学力を活かした在宅の仕事をすることにした。

実際、同居し面倒をみることになれば
今の部屋では色々と不都合もあり
再度の引っ越しも考えなくてはならないだろう。

お互いの離婚を喜び合い
頑張って行こうと励まし合った彼女だが
早くもまた新たな転機が訪れてしまったようである。
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by arnulfstr | 2011-02-17 09:49

まだ届く郵便

昨日また、元旦那宛の郵便が届いた。
中国からの手紙で差出名は日本人だ。

先月の半ば頃
いつまで手元に置いておいても仕方ないので
こちらに届いた年賀状と保険会社からの郵便
それとちょうど来た税務署からの郵便を
まとめて大きな封筒に入れて郵送した。
どこに住んでいるのかは知らないので
前回知らされた会社宛に「親展」として送った。

ちゃんと届いたかどうかは不明だ。
それに関して元旦那からは何の連絡もない。

表札に私の名前だけが出ていれば
元旦那宛の郵便は全て宛先不明で戻されるだろう。
けれど息子がそのままの名前でいるため
表札に2つの名前がある現在は
元旦那宛の郵便は普通に配達されて来る。

その都度、私は郵送料をかけて
会社宛に送らなければならないのだろうか。
何だか釈然としない。
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by arnulfstr | 2011-02-16 14:58

脳梗塞

私は元々頭痛持ちで、常に頭痛薬を持ち歩いている。
市販薬も飲み続ければ効かなくなるもので
さすがに我慢できず、頭痛外来を訪れた。
3年前のことである。

その時に私の頭痛は「片頭痛」であることが分かった。
同時に脳のMRIを初めて撮り
その際に、いくつかの小さい脳梗塞が見つかった。
年齢からしても若干早いということで
毎年のチェックを続けるよう言われていたが
検査にはお金もかかり、気がつけば3年が経っていた。

その後も片頭痛は繰り返していたので
昨日、ネットで探した別の頭痛外来に行って来た。
そしてCTを撮影してもらった結果
脳梗塞部分が大きくなっていることが分かった。
もっとも頭痛とこの脳梗塞には何の関係もないそうだ。
梗塞部分は今すぐどうこうではないものの
経過観察が必要とのことで、とりあえず今回から
血栓を溶かす、血液をサラサラにする薬を飲むことになった。

幸いそれ以外はとても健康な脳の状態で、委縮もなく
痴呆の心配も全くないと太鼓判を押してもらったが
それでも詰まってしまえばおしまいだ。

眼科だけではなく、今後は頭痛外来にも
一生通い続けなくてはならなくなった私である。
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by arnulfstr | 2011-02-08 16:37 | 健康

その後の生活

離婚後も変わらず、私は息子と暮らしている。
息子の仕事の時間帯は午後から夜中で
私と顔を合わせるのは週末くらいしかない。
連絡はもっぱらメールだ。

基本的に平日は毎日2人分のお弁当を作っている。
12月からはジムに通い始めた。
実は一昨年このジムができ
入りたいと思っていた矢先に父が倒れたため
全てがやっと一段落した今の入会となった。

今は週4日、帰宅して洗濯をし
夕飯の支度をして1人で食事を済ませると
21時には家を出て最後の23時まで汗を流している。
繰り返すギックリ腰予防に筋力をつけるのが目的だが
汗をかいた後のジャグジー風呂は気持ち良く
ジム通いも3ヶ月目に入っている。
ジムが休みの水曜日には友人たちと会ったり
買い物に出かけたりし
私はこの健康的な毎日を何気に気に入っている。

我が家の玄関には表札が2つ出ている。
それでもご近所さんは何も訊いて来ない。
元旦那の姿を見なくなって丸1年になっても
「最近ご主人見かけないけど」
という話にもならないのである。
私自身は別に隠すつもりもないが
訊かれてもいないものを
わざわざ自分から話す必要もないと思っている。

間もなく27になる息子は
名字を私と同じにしようか考えているようだ。
本家の長男の息子となる彼だけに
元旦那に言えば大反対されるに決まっているが
彼はとっくに成人であり決めるのは本人だ。
その件については本人の意思に任せようと思う。

娘は京都での単身赴任を終えた旦那と
やっと夫婦らしい生活をスタートさせた。
その娘婿はすでに新しい映画の撮影に入っており
相変わらずほとんど家にいないようではあるが
新婚であろうと、やはり亭主は元気で留守がいい。
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by arnulfstr | 2011-02-04 10:09

母のこと

父が亡くなって、もうすぐ半年になる。
肉親を亡くすことがこんなに辛いことだったとは
経験してみなければ分からないことだ。

私は今でも訳もなく悲しくなることがある。
突然、無性に泣きたくなるのだ。
まだまだ悲しみは癒えることなく
少々精神状態が不安定なのかもしれない。

母は何とか元気にしている。
近所に住む父の姉(伯母)とは今も親しくしているが
その伯母は84歳で1人暮らしをしている。
今回父が亡くなったのを機会に
九州の弟から帰って来たらどうかと言われ
今後のことを相談するため母も付き添い
11月に10日間ほど帰郷した。
結局、伯母は
今さら知り合いもない地元へ帰ることを拒み
今まで通りこちらで最期まで暮らすことを選んだ。

父亡き後、元気に見えた母だったが
まだまだ精神的にも立ち直れていない中を
そんな旅行に出かけた疲れがあったのだろう。
12月に入ると寝込んでしまった。

もともと低血圧なのだが、今回は目まいがひどく
起き上がることができなくなってしまったのである。
とりあえず近所の医者に診てもらうも症状は改善されず
翌週になって今度は目まい外来へ診せた。
院長先生自ら色々な検査をしてくれたが異常は認められず
やはりこれまでの疲れが一気に出たようだ。

母は先月が誕生日で74歳になった。
最近になってやっとパチンコに行く元気も戻り
持ち前の博才を発揮しては
私の給料よりよっぽど稼いで来ている。

母にはいつでもうちに来ていいと言ってあるが
今のところ、弟家族との同居を続けるようだ。
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by arnulfstr | 2011-02-03 10:05 | 家族

不安だらけ

離婚を決意するに当たって、私は当然考えた。
今の収入でこの先1人で生きていけるだろうか。

家はもらえることになったので当面は生活費だ。
自慢ではないが私は過去に詐欺に遭っており
蓄えと呼べるものはほとんど無くなった。
さらに家は私名義になっても
預金はすべて元旦那が持って行ったため
いざという時に使えるものは多くない。
それでも幸いなことに
私はフルタイムで正社員として仕事をしており
問題がなければ定年までは働けるはずだ。
贅沢さえしなければ何とか暮らして行けるだろう。
・・・ところが、その読みが狂い始めた。

私は不動産の管理会社で経理をしている。
テナントさんがいてくれる限り
決まった家賃収入があり心配はないはずだった。
けれどこの不景気でテナントさんの退出が相次いだ。
それらは当然予想されていたことだったが
危機感を持っていたのは社員だけで
当の社長は何の手立ても努力もしなかった。

そしてその結果、社長の出した対策が
「社員の給料を減らすこと」だった。
年末に社長は言った。
「春には1番大きなテナントさんの退出が決まり
会社はとても厳しい状態になる。
当然これまでのようには行かないので
来年は昇給もナシ、ボーナスも出せないから」

たった5人の社員への支払いを減らしたところで
何の足しになると言うのだろう・・・。
ざっと計算しても100万以上の年収減だ。
それでなくても月々の給料は
生活費で消えてしまうだけのものしかなく
とても貯蓄に回す余裕はない。
今後、突然の出費にはどう対処すべきか。

もう1つ驚いたのがこの会社の定年で
女性は55歳だと言うのだ。
それだけではなく、それ以前に
それまで会社があるかどうかも怪しくなって来た。
社長はどうやらあと5年程度を目安に
会社を閉じることを考えているらしいのである。
現在の自社ビルは老朽化し、建て直そうにも
息子に跡継ぎを断られたため
自分の代で終わらせることを考えたようだ。

この先5年で仕事が無くなっても
私はまだ10年は年金をもらえない。
もらえたところで
離婚分割もない年金額は微々たるものだ。
当然それだけで暮らしていくことは厳しいだろう。
その上私には緑内障という持病があり
病状が進めば働くことができなくなるかもしれない。

先を考えれば不安だらけだ。
けれど1人で生きることを選んだのはこの私。
前を向いて行くしかない。
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by arnulfstr | 2011-02-02 11:00 | 会社

バツイチ男の気持ち

先日、同級生たちとの新年会があった。
メンバーはたまたま男3、女3の6人だ。
その中でバツイチは2人、私と男子1人である。

そろって乾杯するなり彼が言った。
「俺、ショックだよ~」
私の離婚後、初めて会った彼は
離婚した女はしょぼくれるものだと思っていたらしい。
ところが予想に反して
私が元気でイキイキしていたことで
自分の奥さんもそうなのかと考えたようだ。
「元気どころか全然若々しいよな~。
何か輝いてるよ」

そんなことから夫婦間の話になり1人の男子が言った。
「俺なんか家に帰って目が合うのは犬だけだもんね」
これにはみんなで大笑いしたが
奥さんからのメールは夕飯を食べるかどうかの確認と
お金のことだけだと言うと賛同者も出た。
会話の少なさは危険信号だと私たちバツイチ組は言った。

そのバツイチの彼は
離婚して初めて家事を自分でやることになったが
洗剤の種類から洗濯物の干し方まで何1つ分からず
黒いシャツを直射日光に当てて息子に怒られたと言う。
今までいかに自分が何もしようとせず
全てを奥さんだけに押し付けていたかを
今さらながら身に沁みて感じ、反省したらしい。
「ずっとそう思ってた」
何かの時に元奥さんにそう言われたと言う彼に
「そうやって1つ1つが積もり積もって行くんだよ」
と私は言った。

それでも彼は、年末には
家中をみんなが驚くほど大掃除し
今では同居している次男と2人分の炊事洗濯をしている。
そして奥さんがしてくていることを当然のことと思い
感謝の気持ちを言葉にしなかったことを悔やんでいる。

以前から彼とも話していたが、私たち夫婦は似ていた。
私は彼の中に元旦那を見て
彼は私の言葉に元奥さんを重ねる。
彼の言動は元旦那にかぶるものがあり
家庭内別居が長かった彼との離婚共通点は多い。

彼はある日突然、奥さんから離婚届を渡され
最後には面倒になって印鑑を押したが、未だに
「何で離婚したのか分からない」
と言っている。
「ちゃんと働いて食わしてやったのに」
あ~元旦那にそっくりだ。

独身には戻ったが、間違っても
私が彼と一緒になることはないと確信した。
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by arnulfstr | 2011-02-01 10:27