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熟年離婚、その後。

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広がる不安

会社が怪しくなってきた。

もともと社長の器でない社長は
今回の大地震でパニクっている。
異常なほどムキになって節電に取り組んだと思えば
ついに4月からは一切エアコンを点けないと宣言した。
さらに経営している飲食店3店舗の
売り上げがガタ落ちしたことで店を閉めると言い出した。
大地震以後、客足が遠のいているのはどこも同じで
当然、従業員のせいでもない。
それを何の手立てもすることなく
突然閉店を言い出すとは信じられない。

すべての従業員は趣味で仕事をしているわけではない。
誰もがその収入に生活がかかっているのである。
学校を卒業後、社会に出ることなく
父親の作ったこの会社に入ったボンボン社長には
そんなことすら分からない。
社長にとって優先すべきは自分であり
自分の家族だけなのである。

さらに社長は完全なマイナス思考の人間で
物事を前向きに切り開いて行くことをしない。
努力し全員で乗り切ろうとは考えないのである。
儲からないなら、ダメなら、止めてしまえ。
続けるか止めるか、点けるか消すか・・・
常に2つの選択肢しかないのだ。

当然お店を止めてしまえば
それらの事務を担当している同僚の仕事が無くなる。
一昨日、その際には辞めてもらうことになると
社長が同僚に言ったそうだ。
彼女は私より年上だが、年金を貰うまではまだある。
けれど再就職口を探すとしても
残念ながら不可能に近いだろう。
そうなれば独身である彼女はどうなるのか・・・。

誰もが考えもしなかった大地震、そしてその余波。
それでなくても不安な毎日に
私自身、いつまで働けるのかと考えてしまう。
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by arnulfstr | 2011-03-31 13:07 | 会社

節電

今、毎日のテーマは「節電」である。

我が家は息子と2人暮らしだが、生活のリズムが全く違い
それぞれが1人暮らしのような生活をしている。
そのため以前からも何かと節約はして来たが
今では週末自宅にいても電気はほとんど使わなくなった。
リビングのTVは消したまま
見たい番組があればお風呂用の小さいTVを点ける。
そして誰に会うわけでもないのだから
これでもかと厚着をして耐えるのである。

そして私が今、ストレスを溜めているのは
うちのピントのズレた社長である。

社長はこれまで「節約、節電」とは無縁の生活をしていた。
壊れてもいないPCを4台も買い替え
まだまだ使える事務所のシュレッダー
冷蔵庫、レンジを次々と新しくした。
家電量販店が大好きで、新しいものが大好きなのだ。

開けたものは閉めず、点けたものは消さない。
誰もいない社長室はエアコンを常に点けっぱなしにし
電気を煌々と点けたまま、自分は事務所にいる。
PCを1晩中点けっぱなしで帰ることも珍しくない。

それが今回の地震で目覚めてしまった。
お店やデパートが照明を落としているを見て
単純な頭の中には「節電」しか無くなったのである。

最初に目をつけたのがエアコンだ。
社長は元々ガンガンに点けてもいないエアコンを
一切、点けないことにした。
そして私たちが触れないようリモコンは自分が持ち去った。
今日の室温は18℃。
「寒ければコートを着ればいい」
とのことで私はダウンを着てマフラーを巻き仕事をしている。

この極端な社長に振り回され、会社で風邪を引くものかと
自分の身は自分で守らなければならない私である。
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by arnulfstr | 2011-03-28 16:12

今思うこと

何だって気の滅入る今日この頃である。
それでなくても更新の少ないこのブログが
ますます何を書いたらいいのか分からない。

大地震から早くも10日以上が過ぎ
被災者となられた方々も
少しずつ前を向き始めていると言うのに
相変わらず続く大きな揺れ、そして原発の問題。

私たちにできる協力は何でもしようと
日々節電に励み、物不足に耐え
運行の定まらない電車通勤の混雑も我慢し
計画停電にも文句を言わず
精一杯頑張ってはいるけれど
先の見えない現実に募るのは不安ばかり。

けれど何がやって来たところで
私はここで暮らして行くしかないのである。
大騒ぎしたところで
どうにもならないことは仕方がない。
最終的にはなるようになるのだ。

発表される数値の上下に一喜一憂する人や
買い溜めに走る人たちを
私はちょっぴり冷めた目で見ている。
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by arnulfstr | 2011-03-24 15:13

大地震

大地震がやって来た時、私は事務所にいた。
大きな揺れにすぐTVをつけると
どんどん激しくなる揺れに
その場から動くことができなくなってしまった。

外を見て初めて分かったことだが
ビルの前の大通りには人があふれていた。
狭い中央分離帯にまで避難している人たちもいて
よく見ればうちのテナントさんもたくさんいた。
現在の耐震基準を充たしていないうちのビルでは
それも無理のないことだろう。

その後も大きな揺れはこれでもかと続き
ミシミシ言う事務所では、いてもたってもいられず
私も同僚と外に避難することにした。
けれど歩道に出たところで揺れを感じないわけではなく
逆にユッサユッサと大揺れする
通り沿いのビルたちを見て怖くなった。

地震後は全ての電車が止まった。
どう考えても早々の復旧はないようだ。
私は歩いて帰ることを覚悟し帰宅路を調べた。
迷わず普通に歩ければ3時間というところだった。
方向オンチに夜道とくれば、あるのは不安だけ。
それでも幸いなことに
同じ方面に帰る男性社員が道連れになってくれ
2人で会社をあとにした。
冷たい風が強く吹く寒い夜だった。

すでに道路は大渋滞で
信号が変わってもビタッと止まったまま全く動かない。
もはや1番早い移動手段は自分の足で歩くことだ。

私たちは18時10分、会社を出た。
歩道もまた歩く人々で大混雑。
ものすごい数の人たちが黙々と歩く光景は異様だ。

結果的には2時間ほどで男性の家に到着し
そこから渋滞を避け
裏道で私の家の方向に送ってもらった。
けれど大通りの交差点で全く動かなくなったため
私はそこから再び歩いて帰ることにした。
その後40分、混雑する歩道を歩き続けた私が
無事自宅に到着したのは21時40分のことだった。
会社を出てから3時間半である。

連絡が取れなかった娘とは
歩いている途中でやっと電話がつながり無事を確認。
彼女は旦那の迎えを会社で待っていたのだが
結局大渋滞により自宅へ辿り着いたのは翌朝の6時半。
何と!往復11時間の旅となった。

そして仕事が休みで出ていた息子と連絡が取れたのは
それからさらに後のことであった。
彼は結局、途中の友人宅まで何とか歩き泊めてもらった。

後日分かったことだが
元旦那から子供たちにはすぐにメールが入っていたそうだ。
「無事ですか?」

私が郵送料をかけ手間をかけ
郵便物を転送してやっても何もないくせに
子供たちにはすぐにメールって・・・。
つくづくあの男は何なんだろうと思った。
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by arnulfstr | 2011-03-17 14:15

今回も同じ

火曜日には届いただろう元旦那宛に転送した郵便。
遅くとも昨日には受け取っているはずである。
それでも予想はしていたが
「ありがとう」でなければ「お世話様」でもない。
前回、年賀状を転送した時と同じだ。

離婚したのだから私たちは他人である。
モチロン今さら関わりたくないのはお互い様だ。
それでもこちらはわざわざ手間をかけ
郵送料をかけて転送してあげているのである。
無視してしまえばできるところをだ。
何か腹が立つ。

自分が逆の立場だったらどう思うか・・・
相変わらず相手の立場に立って
物を考えられない人間なのだと思った。
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by arnulfstr | 2011-03-10 11:16

春はチューリップ

今年は花壇にチューリップを植えた。

一気に咲いて終わってしまう花は寂しいので
何を植えようかと悩んでいたところ
友人のご主人がたくさんの球根をプレゼントしてくれた。

球根の種類は4つだ。
「極早咲」「早咲」「中咲」「後咲」とあって
「極早咲」は桜の開花1週間位後から咲き始める。
そのあとも、予定では順番に1週間ずつズレて咲く。

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今朝のチューリップたちだ。
こちらに植えたのが「極早咲」の球根10個。

e0221572_103415100.jpg

残る3種類はこちらにそれぞれ10個ずつ
合計で30個のチューリップである。

何やら順番通りに生長していない気もするが
チューリップ畑を今から楽しみにしている私である。
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by arnulfstr | 2011-03-08 10:37 | 我が家

元旦那宛に留守電

2月の中旬に届いていた元旦那宛の郵便を
横に置いたまますっかり忘れてしまっていた。

当初はすぐに「転送届」について調べ
私でできるものなら手続きをしようとしたのだが
残念ながらできないことが分かった。
私が知っているのは元旦那の職場の住所のみ。
転送先に職場は指定できず
新住所が分からないと届が出せないのである。

今回、その郵便物を思い出すきっかけとなったのが
元旦那宛の留守電メッセージであった。
「〇〇です。連絡ありがとうございました。
3月18日、出席させていただきます。
お世話になります。よろしくお願いします」
元旦那の最初の職場の上司だった人からだと思われる。
先方は知らないのだろうから仕方は無いが
それでも正直迷惑なことである。

さすがに無視するわけにはいかない。
さっそくこのメッセージの内容と
転送届の提出依頼を書いたメモを入れ
届いていた郵便物を同封し元旦那の会社宛に送った。
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by arnulfstr | 2011-03-07 10:12

進んだ視野欠損

月曜日は視野検査の日だった。

私の緑内障は3年前に偶然見つかった。
友人に勧められてレーシック手術を受ける気になり
その術前検診で発見されたのである。
幸い初期の段階で、それからは目薬によって
眼圧をコントロールしている。

残念ながら緑内障は治らない。
死んでしまった視神経が戻ることは無く
眼圧をコントロールしてもゆっくりと進行する。
そして視野は徐々に狭くなり
最悪の場合は失明することもある。

私の状態は初期だったとは言え
すでに使用している目薬は最大量である。
これで進行が早くなった時には
最後の手段として眼圧を下げる手術をするが
それが上手くいっても緑内障が治るわけではない。

そして今回、私の眼圧はかなり高めで
心配した通り右目の視野欠損が進んでいた。
前回よりも黒い部分、つまり欠損している部分が
私にも違いが分かるほど黒々としていた。
元々悪かったところだそうだが
今回はその度合いが深さを増したようである。
幸い、横への広がりは少しだけなのだが
先生はこのまま様子を見るしかないと言った。

PCに表示された右目の結果を見る限り
すでに中期まで進んでいるように感じた。
このまま進行が加速するようであれば
そう遠くない将来、手術になるかもしれない。
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by arnulfstr | 2011-03-02 09:45 | 健康