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熟年離婚、その後。

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晴れない気持ち

おかげ様で息子はB型インフルエンザから復活し
水曜日、5日ぶりに仕事に行った。
家の中でのマスクに効果があったのか
幸い私にはうつることもなく、今のところ元気でいる。
・・・けれど気持ちが全く晴れない。

熟睡できない状態は相変わらず続いており
真夜中に目が覚めないことはない。
先のことを考えても仕方がないと気持ちでは理解し
表立って不安に思っているわけではないが
やはり心の奥底では渦巻いているのだろう。

会社の持ち物であった一等地の建物が売れた。
それでもかなり足元を見られ
会社の借金全額をクリアできるほどの値はつかなかった。
残る物件はこの自社ビルのみとなり
社長は最終的にはここも売る方向で考えているようだ。

テナントさんは今や半分になり
原状回復により綺麗になっている部屋も
新たなテナント募集を行っていないので空いたまま。
駐車場には社有車が1台あるだけでガラガラ。
現在のテナントが借りたいと言ってきても断った。
それでいて社長のベンツば
相変わらず通りの向かい側のビル地下に
月52,500円を払って借りている。

自社ビルが無くなり、管理物件も無くなれば
会社は必要なくなり、私たちもいらなくなる。
それは近い将来必ずやって来る事実である。

転職先をネットや折り込みチラシなどで探すも
希望する働き方ができるところは見つかっていない。
ここぞというものがあれば、すぐに応募するつもりだが
どうしてどうして・・・そうそう簡単にはいかない。
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by arnulfstr | 2012-02-17 10:50
現在27歳の息子は毎週末帰らない。
同い年の彼女の部屋に泊まっているそうだ。
いつまで続くかは分からないが
ゆくゆくは結婚を考えるかもしれない。

子供好きの息子は早くから子供が欲しいと言っていた。
当初は甥っ子、姪っ子の誕生を楽しみにしていたが
娘は仕事が忙しく、また楽しいようで
今年31になろうと言うのに子供の「子」の字もなく
息子も最近では何も言わなくなった。

そして私は先日、突然思った。
もし息子が結婚してこの家を出ていけば私は1人。
それにはこの家は広すぎる・・・。

モチロン狭くて小さな家である。
けれど1人で暮らすには広すぎるのである。
息子の車が無くなれば駐車場は空いたままになり
部屋だって2つが空き部屋だ。
そもそもギックリ腰の持病持ちの私に
この階段ばかりの家は向いていない。
さらには歳と共に階段の上り下りは堪えるはずだ。

それでも同居はイヤだ。
私はやっと自由になれ
自分のことだけを考えれば良くなったのだ。
今さら人の面倒は見たくない。
1番いいのはこの家に息子たちを住まわせ
私は2DKほどのマンションにでも引越すことである。

そりゃあ、お金があればそれも簡単だ。
実際、無いから悩むのである。
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by arnulfstr | 2012-02-09 15:11 | 家族

私は罪人

毎年年賀状を交換していた
高校時代の体操部の後輩から今年は届かなかった。
卒業後も付き合いは続き
結婚式にも出席してもらった妹のような存在の子だ。

年明け2日になって、彼女からメールが届いた。
「明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします」
何てことのないメールである。

そもそも私は新年の挨拶をメールですることが大嫌いだ。
しかも年賀状の返事をメールで寄こすなどあり得ないことで
ましてや年上の相手にすべきことではない。
そんなわけで私はメールを読むなり腹が立った。

けれど、よくよく考え納得した。
キリスト教徒である彼女にとって、離婚した私は罪人なのだ。
だからあのメールは
「今後は付き合いたくない」と言う意思表示なのである。

私と元旦那が不仲になった頃
彼女はキリスト教の教えを書いた小冊子をくれた。
確か家族の大切さを書いたものだったと記憶している。
彼女の、別れてほしくないと言う気持ちはよく分かったが
それでもすでに私の気持ちは決まっていた。

こんなことで彼女との縁が切れるのは残念だが
それも仕方のないことだと思う。
所詮、その程度の付き合いだったのだと私は理解した。
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by arnulfstr | 2012-02-06 16:20

闘う仲間たち

今年の6月に中学校の同窓会がある。
4年に1度の開催であるため
私は普段会えない地方に住む仲間たちとの再会を
とても楽しみにしている。

けれど、すでに前回の時でさえも
親の介護を理由に家を空けられない人がいた。
年齢的にも今回もそういった仲間は多いかもしれない。
さらに今現在、幹事である私には
同級生本人の体調不良の話が聞こえてきている。

幹事仲間の1人はうつ症状が悪化して強制入院させられ
年末年始は病院だったそうだ。
メールに返信が無かったため心配していたところ
外出許可の出た当日
久しぶりに携帯をチェックしたと連絡が来た。
また病院に戻り、当分復帰はできないとのことだ。

別の幹事は目まいとふらつきが続き
年が明けてからほとんど出社していない。
身体中を検査するもどこにも異常はなく
精神的なものではないかとのことだ。
薬を何度変えても症状は落ち着かず
同じようにいつ復帰できるか分からないと言っている。

他にも、自分はうつだと自覚し通院しながら
精神安定剤を飲んで頑張っている仲間もいれば
すでにうつから回復し元気になった仲間もいる。

深刻なのは3年前にガンが見つかった仲間だ。
すでに身体中に転移し、その都度手術し
身体中切っていないところがないほどであるが
彼のガンは非常に特殊らしく
築地のガン研に呼ばれてはモルモットになっている。

一昨年の6月に「無治療では余命1年」との診断があり
当時おへその横には9センチを超えるしこりがあった。
昨年8月末には、この2月までの生存率は40%と言われ
昨日ついに「余命2ヶ月」との宣告があったそうだ。

現在は黄疸が出たため手術で詰まった部分を除き
輸血をしながら体力の回復に努めているが
6月の同窓会に参加できるかどうかは微妙だ。
彼のお母さんも全く同じ特殊なガンで亡くなっており
彼はとっくに覚悟ができているのか・・・明るい。

確かにいくら元気であっても、今の世の中
残念ながら明日も元気かどうかは分からない。
会社では1番難しい立場になる私たちの年代は
真面目な仲間こそ精神的に参ってしまうようである。

楽しみな同窓会ではあるが
今、私の気持ちはそんなわけで少しばかり重い。
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by arnulfstr | 2012-02-03 15:03