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熟年離婚、その後。

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先週末の雨で、以前から続いていた雨漏りが
さらにひどい状態になった。

漏っているのは雨ではなく茶色い液体だ。
臭いはないが、どこから来たのかは全く分からない。
あれだけの色がついていれば
伝って来た道には茶色い跡が残りそうなものだが
それも全くないのである。

もはや、無傷での調査は無理だろう。
天井か壁か、どこかに穴をあけて調べるしかない。
それも大々的なものとなればお金がかかる。
どうにも頭が痛い問題である。

実はリビングのクーラーも寿命である。
すでに昨夏の使用時には感じていたが
出てくる空気がわずかにカビ臭いのだ。
ただ、天井はめ込み型であるため
普通のエアコンよりメチャクチャ高い。
工事代ともで100万はかかると言われた。

いっそのこと家を売却してしまおうか・・・。
けれど今が売りのタイミングかどうかも分からない。

この先、収入が減ることは確実で
仕事以外に私は収入減を持っていない。
そんな中、築13年目に入り次々と壊れるこの家に
棲み続けることはできるのだろうか。
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by arnulfstr | 2012-03-14 16:51 | 我が家

伯母、故郷へ戻る

伯母が九州へ帰ることになった。
若い時にこちらへ出てきた伯母だが
いよいよ住み慣れた土地を離れ
故郷で最期を迎える気になったようだ。

7人姉弟の1番上、6人の弟を持つ伯母は私の父の姉だ。
一昨年父が亡くなったことで、近くに身内はいなくなり
一時は父の弟の住む九州に戻る話が出た。
けれど伯母は今や知り合いもいない地元に戻ることを拒否し
こちらで最期まで暮らしたいと言った。

母は自分の姉のようにしていた伯母を看とる覚悟を決め
直葬で火葬した後はお骨を九州まで運ぶつもりでいた。
モチロン、母1人で運べるわけはなく
その際には私か弟が付き添って行くことになる。
85歳になった伯母である。
いくら元気とは言え、いつ何があってもおかしくない。

ところが年が明けると事態が変わった。
同じく九州の近所に住む孫が帰って来いと言って来たらしく
その孫が面倒を見ることで話は進んだ。
伯母はすっかりその気になり、帰ることを決めた。

そして今月31日、伯母は生まれた土地へ帰る。
その前に父のお墓参りに行きたいとのことで
来週には母と2人、出かけることにしたと言う。

私が小さい頃から近所に住んでいた伯母である。
着付けがとても上手でお正月にはいつも振袖を着せてもらい
他の人がしないような珍しい帯を結んでくれた。
歩いていると知らない人に呼び止められ
「ちょっとその帯、見せてもらえる?」
と言われたことも1度や2度ではない。

父が倒れた時も、交代で病院へ通ってくれた伯母だ。
九州へ戻ってしまえばもう会うことはないだろう。
モチロンそれが伯母のためであるのだが
それでもやっぱり寂しい・・・。
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by arnulfstr | 2012-03-07 15:52 | 家族
来たるべき直下型地震に備え
水だの保存食だの持ち出し荷物だのを
セッセと準備していた私だったが
何だかここへ来てすべてが無駄な気がして来た。

最悪の予想が的中し、その震度が7だとしたら
新耐震基準をクリアしていない会社は倒壊するだろう。
だとすれば3階の事務所にいる私は助かるはずもなく
何を準備していたところで役には立たない。
家にいても同様だろう。
木造である自宅は、どこかで火災が発生すればそれまでだ。

そして私は思った。
仕事はいつ無くなるかわからないし
脳梗塞もいつどうなるか分からない。
その上、緑内障が確実に悪化している目も
いつまで見えるかは神のみぞ知る。
そんな1年後、10年後を不安に思い悩んだところで
結局はなるようにしかならないのである。

結婚し、子供を育て、離婚もした今となっては
もう人生やり残したこともない。
明日はどうなるか分からない今の時代
今日1日をまずは乗り切ることしかない。
そう、先のことは考えても意味がないと悟った。

今をどう生きるか・・・。
毎日それだけを考えればいいとしたら気が楽だ。
そう思ったらふっ切れた。

今日、同級生を亡くした。
ガンと闘っていた彼は
先月医者から余命2ヶ月を言い渡されていたが
それから1ヶ月で逝ってしまった。
先週、元気な様子を聞いたばかりだった。
人の死に遭遇するといつも思うことだが
人間とは何とあっけなく逝ってしまうものだろうか。

後悔のない日々を送りたいと改めて思った。
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by arnulfstr | 2012-03-01 15:26