いつも笑顔でいたいから

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熟年離婚、その後。

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今を元気に

社長の奥さんはさらなる検査の結果
心臓や肺にも病気が見つかり
どうやらそちらの方が問題らしい。

会社を閉じることについても
結局、社員に今現在キチンとした話はなく
やはり社長の頭の中に社員のことなどないようである。

社長が閉鎖の目処として言った26年の5月。
これまで見えなかった終了ラインが見えたことで
私の不安は倍増し
一時はこの先どうしたものかと本当に落ち込んだ。

けれど思い直した。
社長がいくらラインを引いたところで
実際、テナントがすべて出て行ってくれなければ
会社を閉じることはできない。
そもそも社長の言うことは思いつきにも近いもので
これまでも言ったことが変わることがよくあった。
2年先のこととなれば言わないも同然だろう。

だいたい、これまで家事の1つもやっていない社長が
自分1人で介護などできるわけがない。
何をやっても続いたことのない社長だけに
3日も経てば飽きるに違いない。
もっとも、そんなに持たないだろうと言うのが
私たち社員の見解だ。
そうなれば状況は変わるだろう。

それに私は思う。
今の時代、明日も元気という保証はどこにもない。
ましてやそれが2年先ともなれば
言われ続けている大地震が来るかもしれないし
どこかで事故や事件に巻き込まれるかもしれない。
さらに持病である目が急激に悪化すれば
仕事のできる状態にない可能性だってある。
今ここで何を心配しても仕方が無いと思うようになった。

もし本当に会社が無くなってプーになったら
失業保険をもらいながら仕事を探せばいい。
それまでに息子が結婚すれば
私自身の環境だって変わるかもしれない。
以前友人に見てもらったように
息子夫婦と同居する話もないとは言えないだろう。

なるようにしかならない・・・。
結局、世の中はそういうものだと思う。

私はこれまで結婚もし、出産もし、離婚も経験した。
私てきには、もはや人生でやり残したことはなく
実のところ思い残すこともない。
そもそも視界が無くなれば生きていたいとも思わない。

だから今を大切に生きたいと思っている。
どうなるか分からない先のことでクヨクヨし
暗い気持ちで毎日を過ごすのはバカらしい。

モチロン、転職先は探して行くつもりだ。
ただ、条件に合うところがなければ無理はしない。
バタバタと焦って探すことはせず
のんびり構えようと決めた。
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by arnulfstr | 2012-08-27 14:28

いよいよプー

リハビリ病棟に移った社長の奥さんであるが
右半身を中心に麻痺が残ることは避けられないらしい。
さらに認知症のような症状が出始め
貧血も起こしていることから
別の場所での出血も疑われているらしい。

社長は自宅での介護を決めたようだ。
そうすれば当然会社には来られないという理由から
会社を閉じることにしたらしい。
明後日あたり、社員に話をするとのことだ。

あ~・・・恐れていたプーである。
年金生活までまだ10年以上あると言うのに
この歳で失業するとは・・・人生どん底だ。

また1から仕事を探したところで
面接までたどり着ける可能性はほんの僅かである。
今回はどれだけの履歴書を書けばよいのか・・・。
体型が変わったため、面接用の服も準備が必要だ。

それでも全然気合が入らない。
やろうと言う気持ちが出て来ない。
これで最後と思った前回
私は全てのパワーを使い切ってしまった気がする。
歳と共にそのパワーは無くなるばかりだ。

もう現状維持は望めない。
使ってもらえるだけでありがたいと思わなくてはダメだ。
年々体力にも健康にも自信が無くなるが
生きて行くため頑張るしかない。

ただ・・・気持ちの切り替えが難しい。
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by arnulfstr | 2012-08-20 14:48 | 会社

夫婦不仲の結末

社長の奥さんは、社長に離婚したいと申し出た。
去年の春先のことだった。
ところが、その後事態は急変する。

間もなく奥さんに乳ガンが見つかり手術。
退院後は放射線治療を受ける予定だったが
自宅で転倒して鎖骨を骨折し
そちらの治療を優先せざるを得なくなった。
結局、放射線治療を開始したのは今年初めだ。

そんな奥さんがGW明けから体調を崩した。
「何か目まいがするって起きられないんだよね」
私たち社員はその都度医者に診せるように言ったが
結局はそのまま様子を見ていたらしい。
先月の息子の結婚式にはついに立っておられず
椅子に座ったままだったと聞いた。

そして金曜日奥さんは救急車で運ばれた。
「大変なことになってますよ。
何でもっと早く連れて来なかったんですか」
医者はそう言った。
集中治療室に入れられた奥さんは
脳動脈何とかで、もう治らないらしい。

何日も前から意識が朦朧としていた奥さん。
傍にビールの空き缶が転がっていたからと
大したことではないとの素人判断をした社長。
「トイレにも自分で行けないんだよね」
「部屋の冷房が18℃でガンガンついてるんだよね」
と私たちに普通に話した社長。
危機感の無さには呆れることを通り越し腹立たしい。

結局、不仲な夫婦と言うのはそういうものなのだ。
私も6年近く家庭内別居を続けていたから分かる。
同じ屋根の下にいても顔を合わさず
それぞれに元気なのか病気なのかも知らない。

社長は今頃言った。
「すべては自分のせいだ」と。
何を言っても何を悔いてももう遅い・・・。
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by arnulfstr | 2012-08-14 09:48

元旦那と再会

私へのメールには反応しなかった元旦那だが
娘には連絡があったらしい。
何でも当日は出張の予定が入っていたため
香典の持参を娘に頼もうとしたようだ。
けれど何とか調整できたらしく、お通夜に現れた。

お通夜へは私と娘の2人が参列したが
遺族の希望で、私たちは親族席に座っていた。

葬儀は献花式で執り行われた。
献花の後、中央の棺の横を通って正面を回り
右側に並ぶ遺族と挨拶をかわせるようになっている。

献花前、私たちの横で並ぶ元旦那が私に声をかけた。
「連絡ありがとうね」
私は彼を見ることなく頭を下げた。
「いつまでも家と私に憑くことを止めて下さい」
とノドまで出かかった言葉は飲み込んだ。

私たちは家族ぐるみで遺族一家と付き合って来た。
元旦那との再会は遺族一家にも久しぶりのことで
元旦那の顔を見て、まず喪主である父親が泣き出した。
隣に立つ母親も泣きながら話をしていた。
元旦那はそんな父親の肩をポンポンと叩いた。

私は久しぶりに彼に会い何の感情も持たなかったが
その仕草を見て、やっぱりこの男は変わらないと思った。
自分よりかなり年上である相手に対し
相変わらずの「上から目線」なのである。
父親を慰めるつもりの仕草であったにしろ
それは年配者が年下の者に向かってする行動であろう。
もはや他人である元旦那だが・・・呆れた。

久しぶりの元旦那はさらに髪の毛が薄くなり
ますます愛川欽也に似て来たと思った。
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by arnulfstr | 2012-08-13 10:39

いよいよ葬儀

4日に亡くなってから約1週間。
司法解剖に回されたことと斎場が混んでいたことで
今日がやっとお通夜だ。

我が家からは私と娘の2人が参列する。
明日の告別式には息子と3人である。
元旦那が来るかどうかは分からない。

友人夫婦の依頼により
私たち3人は告別式終了後も身内の方と同行し
火葬からお骨あげなど全てに参加させてもらう予定だ。
子供たちにとっては
幼なじみである彼女の骨を拾うことは辛いことだろう。
それでも、見送りはちゃんとしてあげたい。

辛い週末が始まる・・・。
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by arnulfstr | 2012-08-10 09:23

とりあえず連絡

元旦那への訃報連絡について母とも話したが
やっぱり知らせないわけにはいかないだろう・・・
と言うことになった。

だから用件のみをメールした。
「△△△△ちゃん、拒食症による低栄養で8月4日逝去。
10日18時よりお通夜、11日10時より告別式。
いずれも〇〇斎場にて」

今現在、反応は何もない。
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by arnulfstr | 2012-08-08 09:17

最悪の訃報

昨日の夜
家族ぐるみで付き合っている友人から連絡があった。
娘さんが4日に亡くなったと言う。

娘が0歳から通った保育園で一緒だったのが
亡くなったJ子ちゃんである。
つまり娘とは0歳から一緒に育ち遊んだ友達だ。
モチロン付き合いはすぐに家族ぐるみになり
その後は同じ学童クラブに通った。
別々の小学校に行っても
毎年夏休みには2家族で北海道を旅行し
沢山の思い出を作った。
何と言っても、娘と同じまだ31歳である。

高校時代に1度、重い拒食症に罹り
一時は心臓が止まるなど生死をさまよったが
何とか元気に退院することができ
のちに結婚して娘が生まれた。
けれど国際結婚だったことで色々な問題があり
結局、彼女は娘を引き取り離婚した。
それからは娘を保育園に預け1人で育てて来た。
その小学生の娘がたった1人で残された・・・。

拒食症は繰り返すものだったのか。
少し前から何も食べられなくなっていたそうで
入院するほどではなく、当日も仕事に行ったと言う。
けれど帰宅し、1人部屋で倒れ亡くなっていたそうだ。
解剖に回され昨日戻って来たと言っていた。

親が子供を見送る・・・。
こんな辛い告別式には2度と出たくないと
その昔、友人の7歳の娘さんの葬儀に出た時思った。
それが本当に身近なところで起こるなんて
私は頭が真っ白だ。
娘同様に0歳から見守ったJ子ちゃんがもういないなんて
あまりに辛すぎる現実である。
娘の結婚式には身内の席に座ってくれた友人夫婦。
その悲しみの深さは計り知れない。

そして真っ白な頭で私は考える。
元旦那にこの訃報を知らせるべきか・・・。
彼にとっても娘のような存在であったJ子ちゃん。
知らせれば葬儀には飛んでくるだろう。
知らせた方がいいのか・・・もう関係ないと割り切るべきか。
いくら考えても答えが出ない。

お通夜は金曜日、告別式は土曜日だ。
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by arnulfstr | 2012-08-07 10:26