いつも笑顔でいたいから

arnulf.exblog.jp

熟年離婚、その後。

友人たちに思うこと

友人が亡くなって1ヶ月半が経ち
ここへ来てやっと立ち直りつつある私である。
ようやく彼女の話も
泣かずにできるようになって来た。
それでも今回はさすがに落ちこんだ。

高校時代、仲の良かった友人は3人いた。
そのうちの2人B、Cとは色々あり
ずいぶん以前に友達リストから名前を消した。
それからは連絡を取り合うこともなくなった。

けれど今回亡くなった友人Aから
Bとは細々と付き合いが続いていると聞いていたので
どうしようか悩んだがAの訃報を知らせた。
それこそ何年ぶりの電話である。

Bは言った。
「まぁ、私に対して思うところはあるだろうけど
今までのことは全て忘れてもらって
GWに上京したら一緒にお線香あげに行こう!」
何とも彼女らしい言葉である。
そもそも電話はしたが
私にはBと以前のように付き合うつもりなどない。
ましてや自分のしたことを棚に上げ
「全て忘れて」とはよく言ったものである。

GW後半、そのBからメールが来た。
「明日どうすればいい?
Cも一緒に行きたいって言ってるんだけど」

実は私はGW後半初日
花壇の雑草抜きからまたまたギッキリ腰を発症し
寝たきり状態になっていた。
もともと一緒に行くつもりはなかったので
そういう意味ではラッキーだった。
けれど2人が訪ねたがっている意向を
Aのご主人に連絡したところ
「もう少しあとにしてもらえたら」
とのことで、結局話は流れた。

その後、近くに住むCからは何の連絡もない。
本当にお参りしたいのであれば
1ヶ月の月命日にと思うが、その気はなかったようである。
「形だけのお参りならしてほしくない」
とAが言っている気がした。
[PR]
# by arnulfstr | 2013-05-30 14:33

手続き完了

息子の改姓手続きが完了した。

当初の決意通り
誕生日当日に役所へ行った息子だったが
お昼休みとぶつかり届け出ができなかった。
結局、午後の業務開始を待っていては
仕事に間に合わないためこの日の提出は断念した。
そんな時間に行く息子も息子である。

翌日気を取り直して再び出かけ
今度こそ無事に手続きを終えた。
29歳の翌日、彼は私の姓になったのである。
けれど新しい住民票はすぐにできるそうだが
戸籍謄本は2週間くらいかかると言われたらしく
具体的な変更についてはまだ何もしていない。
これから徐々にである。
改姓しても仕事上は今まで通り変わらないので
本人もあまり実感が無いかもしれない。
実際、この事実はまだ誰にも知らせていない。

元旦那がこれに気付くのはいつのことだろう。
戸籍謄本を取ることはそんなに多くはないので
当分は知らないままかもしれない。
もっとも、それについて何を言われたところで
これは息子の意思であり
本家の姓を継ぐ長男の息子はもうどこにもいない。
[PR]
# by arnulfstr | 2013-05-02 16:19 | 家族

その後・・・

社長に意見したのが効いたのか、退職金とは別に
「期末賞与」を出してもらえることになった。
社長の精一杯の誠意だろうと感謝している。
ところがそんな喜びは束の間だった。

思えば3年前、やっと離婚できたと思ったら
それから8日後に父が亡くなった。
大きなストレスが重なり精神的にも辛い夏だった。
こんなことはもう無いだろうと思ったが
今年、またしても最悪の状況が重なった。
会社の閉鎖と友人の死である。

あと3ヶ月半で仕事が無くなる私に
先週、高校時代の親友が亡くなったという
最悪の知らせが入ったのである。
去年は8月、10月と2回2人で旅行に行った。
そして私がプーになったら
平日にゆっくりと出かけようと話してもいた。

今、私は仕事を無くし、友人を亡くした。
またしてもどん底である。
さすがの私も今回ばかりはド~~ンと落ちた。
この喪失感は言葉では表せない。
[PR]
# by arnulfstr | 2013-04-24 13:42

あと4ヶ月

会社も残すところ4ヶ月。
言うべきことは全て社長に言ったので
気分的にはスッキリしているものの
現実を思えばやはり凹む。

退職金は出ると言ったって
しょせん私は5年半しか働いていない。
会社都合の解雇だから
失業保険は多少長く貰えるが1年も出ない。
何ももらえないことを思えば感謝すべきだろうが
またあの転職活動をすることを考えると気が重い。

けれどまた、そんな気持ちとは逆に
プーを楽しみにしている私がいる。
思いがけず与えられた休みをどう使おうか・・・。
とりあえず夏は暑いし大汗をかくので
家で少しゆっくりすることにしよう。

さらなる断捨離を進め、再度の大掃除をして
本もたくさん読みたい。
趣味のカービングもいいな♪
久しぶりに筆を握って書道や書画もやりたい。
全くしなくなった料理も少しだけやって
身体のためにバランスのとれた食事をしよう。
電気代を節約するために図書館通いもいいな。
職業訓練で何かを学ぶのもいいかも。
何だかワクワクする♪

自分のことだけ考えればいい今だからこそ
突然の自由時間を楽しめるのかもしれない。
決まった会社の閉鎖は動かせない。
だったらクヨクヨと毎日を過ごすより
その時間を有効に楽しく使いたい。

実はそんな前向きな自分に
呆れながらも驚いている私である。
[PR]
# by arnulfstr | 2013-04-05 15:00

8月からプー

ついに7月いっぱいで会社の閉鎖が告げられた。
社長はありとあらゆる言い訳をタラタラタラタラとし
最後まで私たち社員へ詫びることはなかった。

残るは社長との交渉である。
定年までも働かせてもらえなかった私たちだ。
そこは十分に補償してもらわなければならない。

どこまでも自分の健康と奥さんの体調を理由にし
悪いのはそれで、自分ではないと言いたげな社長だ。
今さら呆れることではない。

とにかく、年内どころか秋どころか
夏の入口で私はまたプーである。
・・・最悪だ。

考えるとどこまでも凹むので
先のことは考えないことにする。
[PR]
# by arnulfstr | 2013-03-22 16:43 | 会社

当分は息子と2人

あれよあれよという間にお昼前
社長がビル売却の正式契約に出かけた。
これでこのビルは他人のものとなり
会社の閉鎖も正式に決まった。

予想以上に早いペースで、私の失業ももうすぐだ。
とりあえずは失業保険をもらい、次を探す。
今となってはジタバタしたところで仕方ない。
焦らずにゆっくりじっくりと探そうと思う。
今度こそ必ず最後の定年までいられる会社だ。

大晦日から我が家へ転がり込み
その後実家へ戻っていた息子の友達が一昨日戻って来た。
そしてそのまま我が家へ一泊し
昨日の夜、息子が手伝って元の家へ戻って行った。
結局15歳年上の彼女とよりを戻し同棲生活に戻ると言う。
息子と同じ28歳である彼を思えば
これで良かったのかどうかは分からない。
ただ、夜にしていた料亭のバイト生活から抜け出し
4月から正社員として就職が決まったことはめでたい。

従って、息子が彼と一緒に部屋を借り出て行く案は無くなった。
世の中を知る勉強の機会が失われたことは残念だが
これで当分また、私と息子の2人暮らしは続く。
息子も彼のように夜型の仕事から
早いところ転職してもらいたいと思う母である。

息子の改姓のための申立書はすでに家裁へ送った。
順調に審査が進んで許可が下りれば
来月上旬にはその旨の書類が届くはずである。
そして誕生日当日に役所で手続きをすれば
息子と私はやっと同じ名字を名乗ることになる。

相変わらず次から次へと色々なことがあり
落ち着かない私である。
[PR]
# by arnulfstr | 2013-03-21 13:40 | 家族

またしてもどん底へ

「人間、死ぬ時にはちゃんと帳尻が合うようになっている」
そう聞いたことがある。
つまり、終わってみれば人生はいいことと悪いことが半々。
一生いい思いだけをして終わる人はいないと言うことだ。
モチロン、悪い思いだけで終える人もいないはず。

ふりかえれば、これまでの人生
私はそれなりに幸せであったと思う。
身体も丈夫で大病もせず
結婚をし、子供を2人持ち、仕事も続けて来られた。

それが前半だと考えれば
これからの後半はいいことばかりではないようだ。
現に求人詐欺被害に遭った頃から下り始めた人生は
離婚へと続き、そして今度は会社の閉鎖である。
もっとも離婚は自分の意志であり
それについては悪い出来事と捉えていないが
この場合は結婚をプラスとし離婚はマイナスと考える。

それでもこの歳で来年からはプーである。
笑えない。
転職活動はするが、簡単ではないだろう。
さらにギックリ腰が持病となりつつある現状では
身体を使う仕事は避けたいところだが
希望する事務職がこの歳であるかどうか。

あ~・・・ここで定年まで働けると信じていたのに
このビミョーな歳で放り出されるとは思ってもみなかった。
人生のどん底には何度も落ちるものだと
身を持って知ることとなった私である。
[PR]
# by arnulfstr | 2013-03-07 15:05 | 会社

改姓を決断

どうやら息子は改姓することに決めたようだ。
前回ブログに書いてから息子と話し
よく考えて自分で決めるように言った。

彼女と別れた今となっては
無理に変える必要もないわけである。
「今のままでよければそれでもいいんだからね」
私はそう言った。

それきり息子からは何も言ってこないので
変えないことに決めたのだと思っていたが、先日
「やっぱり名前を変えるのは一大事だから
誕生日に変えることにした」
と言った。
私は再度、今のままでもいいと言ったが
息子はもう決めたらしい。

すでに必要書類は揃っている。
4月の息子の誕生日に役所に届け出るためには
それまでに家庭裁判所から
承認をもらっておかなければならない。
訊けば、申立書が届いてから1ヶ月がかかると言う。
だったらのんびりしてはいられない。
これから送って順調にいけば3月末頃か。

息子にその旨を伝えると
近々書類を書いて送るとのことだった。
その昔使っていた名前をまた使う私と違い
息子にとっては初めての新しい名前になるわけで
確かに一大事だろうと思う。
それでも決断してくれたことが私は嬉しかった。
[PR]
# by arnulfstr | 2013-02-19 15:37

本籍はそのまま

月曜日は体調不良で仕事を休んだついでに役所へ行った。
息子が私の苗字に改姓するにあたり必要となる
戸籍謄本を取りに行くためである。

必要なのは私、元旦那、息子の戸籍謄本だが
前にも書いたように、離婚した後
元旦那がどこに本籍を移したかは分からない。
たぶん以前と同じ、元旦那の実家ではないかと思うが
確認できなければ請求もできないわけだ。

私は窓口で事情を話し、息子の謄本を取るにあたり
現在の本籍がどこにあるか分からないと言った。
すると係の女性は、本籍地の記入を希望して
住民票を請求すればいいと教えてくれた。
なるほど、その手があったのか。

言われるままに住民票の請求をしたが
女性がいざ発行しようとして気づいた。
何と!元旦那の本籍地は
離婚して2年5ヶ月が経った今でも
そのまま私の家の住所に置いたままだったのである。
すでに自分の土地ではない場所にだ。
いくら本籍はどこに置いてもいいと言っても
気分のいいものではない。

私が大いに呆れたことは言うまでもないが
おかげで簡単に元旦那の戸籍謄本も取ることができた。
手間が省けたという意味では感謝だ。

これで必要な書類はすべてそろった。
あとは改姓希望の申請書を記入し
これらと共に家庭裁判所に郵送すればよい。

その前には、モチロン息子に再確認する必要がある。
改姓の事実を知れば、元旦那が黙っているわけはなく
当然息子にも何か言ってくるはずだ。
イヤ、言うだけではなく行動に出ることも考えられる。
その時には、これは自分の意思だと
息子自身がハッキリ告げなくてはならない。
それだけの覚悟があるのか、本当にいいのかを
じっくり話し合い確認したなら、いよいよ発送である。
[PR]
# by arnulfstr | 2013-01-30 10:12

娘夫婦は田舎へ

土曜日、娘夫婦と息子の4人でランチした。

娘夫婦は年末年始を娘婿の実家で過ごし
その際に、将来についての話をして来たようだ。
以前から娘夫婦は「田舎で暮らしたい」と言ってはいたが
今回、話はかなり具体的に進んだようである。

今年が本厄である娘はいよいよ子供を産むことを考え
そして子供を育てるなら田舎がいいと言う。
ちょうど娘婿の実家が築40年であることから
どうせなら二世帯用に建て直し
一緒に住むのはどうか・・・となったらしい。
すでにあちらに滞在中に住宅展示場にも行ったと言う。
つまり娘はその時には今の会社を辞めることになり
私は孫の顔を頻繁に見ることができなくなるわけだ。
いくら子供が嫌いな私でも、それはさすがに寂しい。

息子が家を出る話は、居候がまだ戻っていないため
具体的には何も進んでいない。
けれど息子も出て行くだろうという予感はしている。

どちらも実際にどう動くかはまだまだ未定であるが
それでもやはり、私を取り巻く環境は
大きく変わりそうな今年である。
[PR]
# by arnulfstr | 2013-01-29 14:43 | 家族

激動の1年か

息子が出て行くかもしれない話を娘にした。
娘も息子の甘さに呆れていたが
それでも世間を知るいいチャンスかもと言った。

仮に息子が出て行ったとしても
近い将来、娘が帰って来るらしい。
どうやら娘たち夫婦も
やっと子供についての結論が出たようである。

このお正月、娘夫婦は娘婿の実家に帰省した。
すでに下の妹さんには去年女の子が生まれ
上の妹さんは臨月で里帰り中である。
そんな中で、娘たちも色々と
思うところがあったのかもしれない。

娘は今年本厄である。
確かに子供を持つなら急いだ方がいい年齢だ。
けれど、とにかく多忙な娘である。
去年も11月~クリスマスまで1ヶ月アメリカに出張した。
希望して異動した職場はメチャメチャ忙しく
毎月制限時間いっぱいまで残業し
終電で帰宅することも珍しくない。
娘婿はと言えばその仕事柄、朝も夜も土日もなく
1度撮影に入れば長期出張も当たり前だ。
実際去年は1ヶ月パキスタンに出かけた。
そんな生活の中で子供を持てるわけもなく
2人からその話も全く出ないことから
私は子供のことは考えていないのだと思っていた。

ところが娘のメールには
「産休に入ったらそっちでお世話になるからよろしくね」
とあり「そう遠くない将来」とつけ足してあった。
もちろん今の仕事を辞めるつもりは全くなく
産休、育休をしっかり取るそうだ。
さすが私の娘である。

とにかく何やら動きのありそうな今年である。
私自身にとっても子供たちにとっても。
まぁ、なるようになるでしょ。
[PR]
# by arnulfstr | 2013-01-11 14:25 | 家族

甘過ぎる息子

大晦日の夜、息子の友人が転がり込んできた。
彼は同棲していた彼女と別れて行く当てが無く
当面、部屋が見つかるまで・・・と言うことで
私も仕方なく了解した。
息子は自分の布団を彼の部屋に持ち込み
毎日合宿のノリである。

世の中が動き出したのでサッサと部屋を決め
出て行くものだと思っていたが
ここへ来て風向きが変わって来た。
どうやら息子ととんとん拍子に話が進み
2人で一緒に駐車場付きの部屋を借りる気になったらしい。

そもそも息子は今現在、家へ入れることになっている
毎月の生活費3万円でさえ払えず踏み倒している。
さらに車を譲ってもらった際の代金は元旦那から借り
返済は滞ったままだ。
言うまでもなく、私が貸したお金も戻っていない。
そんな中でどこに家賃を払う余裕があるのか。
家賃を払えるなら借金をまず清算すべきだろう。

友人はこれまで8万円を家に入れていたと言う。
駐車場付きで2DK以上の部屋を借りれば
半分ずつ負担したとしてもそれ以上かもしれない。
私は息子にこれらすべてを話して聞かせたが
もはや彼に聞く耳はなく、盛り上がったままだ。
「その時は2人で相談して何とかする」
・・・あ~~甘い。

友達とはたまに会うから楽しいのだ。
朝から晩まで一緒にいれば色々なことが目につく。
それにお金が絡んでくれば
最悪、友達関係だって崩れるかもしれない。
それも言ったが効き目はない。

けれど考えて見れば、28にもなって息子は家で暮らし
私はついでだからと息子の弁当まで作ってやっている。
外での生活経験がない息子には
そろそろ現実の厳しさを知るのにいい頃かもしれない。
自分がどんな状況でも
何より優先して払わなければならない家賃。
身を持ってその大変さを知ればいい。

出て行くと決まれば簡単には戻って来させない。
その覚悟で出て行けと言うつもりだ。
そして私は完全に1人になり、ちょうど仕事もなくなる。
私自身の引越しを考えるのもいいかもしれない。

それに息子は彼女と別れたらしい。
霊感のある友人にみてもらった未来図は
これで全く違う方向になる。
この1~2年で私の生活も大きく変わりそうな予感である。
[PR]
# by arnulfstr | 2013-01-09 16:02 | 家族

今年も届いた年賀状

去年も来た元旦那のイトコからの年賀状が
今年も元旦那との連名で届いた。

PCで打ち出す年賀状と言うものは
データを変更しない限りいつまでも誤ったままだ。
去年もその年賀状は
「該当者おりませんので返送して下さい」
と付箋をつけて投函した。
なのに今年も届いたと言うことは
郵便局は返送していないのだろうか?
戻った年賀状を訂正せずにまた送って来たとしたら
さすが元旦那のイトコ、アッパレである。

今年、封筒に入れて返送することも考えた。
けれど切手代がもったいない。
今年も同じように付箋を付け投函した。
「該当者は居住していません。
返送して下さい」
モチロン今回も私の住所と名前はちゃんと書いた。

それにしても離婚して2年4ヶ月が過ぎると言うのに
あまりにいい加減過ぎるイトコである。
たかがハガキ1枚であるが、新年早々私は気分を害した。
[PR]
# by arnulfstr | 2013-01-07 16:21

今年も終わり

気がつけば今年も終わりである。
振り返ればテンションの上がらない1年だった。

当然、会社の閉鎖が目の前に見えている状態では
来年がいい年になるはずもなく
新年を迎える気持ちはただただ重い。

それでも頑張るしかない私である。
来年がどんな年になるかは分からないけれど
どこまでも行き先は真っ暗だけど
身体にだけは気をつけて乗り切っていきたい。

今年もブログへの訪問、ありがとうございました。
皆さまはよいお年をお迎え下さい。
[PR]
# by arnulfstr | 2012-12-28 09:47

伯父、亡くなる

昨夜、母の兄である伯父が亡くなった。
タバコも吸わないのに肺気腫を患い
ここ3年ほどは酸素を引っ張って暮らしていた。
遠い昔に離婚しており1人暮らしの長い伯父だった。

長女は現在、その離婚した母と暮らしており
次女は家族で山梨県に住んでいる。
どちらも外国人と結婚したためか
父親とはずっと疎遠だった。

けれど去年あたりから伯父の肺はポロポロで
いつ何があってもおかしくないと医者に言われた。
最近では呼吸が苦しくなると入院し
落ち着くと退院ということを繰り返した伯父だったが
先月入院してからは状態は良くなかった。
その頃からやっと娘たちは病院に顔を出すようになった。

伯父は以前から妹である母に全てを託していた。
希望する葬儀のやり方を話し、その資金を預けてもいた。
一昨日、危篤となり母や娘たち
そして別れた伯母が駆けつけた時も
伯父は「すべて(母)に頼んであるから
その通りにやってほしい」と言っていたと言う。

それまでも何かあるたびに
伯父のところへ駆けつけていた母だったが
昨日、伯父が亡くなったことでまた忙しくなった。
これから葬儀の手配やら何やら・・・
自分が2年前に経験したことをまたやるのである。
当然、姪っ子たちには初体験であることを思えば
母が中心になって仕切ることになるだろう。

母はきっとこの先も
こうして兄弟たちの面倒をみるために生かされている。
父が先に逝ってしまったのもそのためだろうと思う。

週末から週明けあたりが葬儀だろうか。
今年は春に叔母を送り、年末には伯父である。
寂しい2012年となった。
[PR]
# by arnulfstr | 2012-12-21 09:46

すでに売り出し中

昨日の夕方、不動産屋が訪ねて来た。
すでに出ているこのビルの売却情報を見て
買いに来たという。
その人はここを居抜きで買い取り
しばらくのちにはマンションを建てたいと言った。

つまりこういうことだ。
社長が私たちにその話をしたのは昨日だが
それ以前にもう売却を不動産屋に頼んでいたのだ。
そうなりゃ次々と不動産屋が訪ねて来るだろう。
社長はその中で条件が合えば売るつもりなのだ。

口では「タイミングの問題だからいつとは言えない」と言い
年明け早々にある耐震検査のことが優先のように話した。
1つの業者が診断した後、秋に再度
別の業者が調べ診断に間違いのないことを確認する。
その数値が0.6以下なら建て直しか何かの指導が来るらしい。
売却はそれが済んでから・・・と匂わせる言い方だった。

私たち社員は昨日、社長が出かけた後で話し合った。
まさかすでに売りに出しているとは思ってもいなかったため
閉鎖時期は来年いっぱいか、再来年だろうと読んだ。
けれど、とんでもない!
下手をすれば来年も早々かもしれなくなった。
私たち社員もパートも全て仕事が無くなりプーになる。

社長と言うのはそういう汚いやり方をする人だ。
実際、年内で他社に経営を引き継いだ飲食店3店も
今現在従業員には一言もその事実を知らせていない。
知らせるのは29日、仕事納めの日で
「年明けからここは別の会社に譲ったから」
とでも言うのだろう。
今度の会社はしっかりした会社だから
みんなにもその方がいいと勝手な理屈をこねている。

けれど社長はどこまでも世間知らずである。
確かに新しい会社は最初こそ、従業員共々引き継ぐだろう。
けれどもらってしまえば自分の店である。
その会社のやり方で動かすのは当然のことで
ましてや社長が好んで採用した
60を超えた人たちばかりが働く店である。
今度の会社の定年に合わせれば、全員がクビだ。
すぐではなくても、そう長くは働かせてもらえないことは
火を見るより明らかなのである。

経営者が変わるなら
仕事を辞めたいという人がいるかもしれない。
前もってその事情を説明したうえで
1人1人に意思を確認すべきであろうと思う。
私たちは何度も社長にそう言ったが聞く耳を持たなかった。

何でも直前。
すべてを決めて動かしたあとで社員には告げるのである。
どうにもならないギリギリのところまで言わないのだ。
これまでもこのやり方で全てをやって来た。
結果、訴えられ多額のお金を弁護士にも相手にも払って来た。
同じことを何度も何度も繰り返し
それでも学習しないのがボンボン2代目社長なのだ。

そして今、私たちにも同じことをしている。
社員はみんな怒っている。
私たち全員がこの先の人生設計をまるっきり狂わされた。
この歳で放り出される怒りは大きい。

今日、社長は全く何事もなかったかのように
フツーの顔で出社している。
[PR]
# by arnulfstr | 2012-12-13 10:40

ついに閉鎖決定

社長が私たちに言った。
このビルはそのうち売却するそうだ。
タイミング問題なので来年になるか、もう少し先か
それは何とも言えないそうだ。

理由はモチロン耐震の問題である。
そして次に自分の健康問題。
あそこが悪いの、ここが痛いの何だのと
それをグダグダグダグダと言い訳した。

私は心に思ってることをすべて言った。
このまま「はい、そうですか」と
おとなしく引き下がるわけにはいかない。
「ここに定年までいればいい」
と言った社長の言葉を信じ
私は離婚をふんぎる気持ちにもなった。
家と収入があれば何とかなると思ったのである。

今、その人生設計はゼロに戻り
私はまた1から始めなければならない。
履歴書を書き、面接をしては
返送される履歴書にため息をつく毎日である。
それ以前にハローワークの窓口では
年齢を言っただけで先方に断られるということの
繰り返しを乗り越えなければならない。

この際、最後の最後まで居残り
もらうべきものは全てしっかりともらうことに決めた。
「失業保険が多く出るからいいでしょ」
と言う社長に、そんな考えは
世間では通用しないことを教えてやらなければ。

とても、新しい年を明るい気持ちでは迎えられない。
ちっともおめでたい気分になれない・・・。
どこまで下れば私の人生は落ち着くのだろうか。
[PR]
# by arnulfstr | 2012-12-12 13:38

ぬか喜び

先週、テナントが退出予告にやって来た。
半年後、来年の春には出て行くとのことである。

あ~・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう言葉がない。
9階建てのこのビルは、来年の春には
3階までしか埋まっていないビルになる。
9階建てでありながら4階から上は全て空き室なのだ。
もはやエレベーターなど必要もない。

耐震補強の話も、実現性のあるものではなく
どうやら「一応」診断をしてみるという程度のものらしい。
そもそも、とっくにやる気を失くした社長が
設計事務所の話だけで気持ちを変えるはずもなかった。
結局のところ向かう方向は何も変わっておらず
「閉鎖」である。

すでに残るテナントも引越しを考えていると聞く。
来年中に残り3社が出てしまえば
そう・・・すべては終わりである。
私たち社員は職を失い
この歳からの転職を余儀なくされる。

社長の頭には、会社都合だから
失業保険は多く出るわけだし、それでいいだろう
という考えがある。
あまりにもふざけ過ぎていて話にならない。

あ~・・・暗い正月を迎えそうだ。
[PR]
# by arnulfstr | 2012-12-05 16:05

身近なところに暴走老人

土曜日、以前の会社の同僚が遊びに来た。
彼女は私が辞めた後もずっとそこで働いている。

そもそも私はその会社のオーナーが
女性にだらしないことがイヤで辞めた。
私が知るだけでも社内には過去2人の愛人がおり
公私混同も甚だしく、社内の雰囲気は最悪だった。

けれど、彼女によればオーナーは何1つ変わることなく
70歳も半ばになろうという今でも
同じことを繰り返しているという。
しかもさらに彼女の口から飛び出した話には
私は開いた口が塞がらなかった。

自分には家族がいることをどこかへ置き
全く、呆れた行動に走るその姿は
精神的に何か問題があるのではと疑うほどだ。

私の別の友人は、やはり仕事関係の男性に
言い寄られている。
これがオーナーとまさに同じ世代の
妻帯者だというから驚く。

その方面に元気なオヤジというのは
いくつになっても変わらないということだ。
[PR]
# by arnulfstr | 2012-11-27 16:45

同級生とデート

約束通り、昨日同級生と会って来た。
2人とも飲まないが
結果的には居酒屋の個室はゆっくりできた。

彼は現在ディズニーシーで働いており
私の誕生日プレゼントだと言って
ミッキーのルームウェア&紅茶をプレゼントしてくれた。
キャラクター好きの私にはたまらない贈り物だ。

話はこれまでのそれぞれのブランク部分から始まり
現在の話やら何やらと尽きることが無かった。
どうせ行くなら楽しんで来ようと
気持ちを切り替えたのも正解だった。
とりあえず、無事に3時間半が過ぎた。

ところが、1度だけでいいと言われて会ったはずが
帰宅後届いたメールには
「暇な時にはまたデートしましょ。
ぜひお願いいたします」
と、絵文字盛り盛りで書いてあった。
ん~・・・私はもういいな。
[PR]
# by arnulfstr | 2012-11-21 13:34

明るい兆し?

昨日は珍しく爆睡した。
いつものように夜中に目覚めることは無かったのである。

震災以後、旧耐震であるこのビルから
不安を抱いたたくさんのテナントが出て行った。
そのあとはどうせ募集しても無駄だと放置である。
気づけばガラガラの幽霊ビルとなっていた。

社長は跡を継ぐ人もいないことに加え
奥さんの介護、自分の体調不良もあり
会社を閉じる方向で考えているようだった。
つまり残るテナントが出て行けばそれで終わり。
私の仕事も無くなるというわけだ。

年金をもらえる歳まではまだ10年以上あり
この歳になってまた転職しなければならないかと思うと
気は重く、お先真っ暗な状態には不安しかなく
テンションの低い毎日を過ごす私であった。

ところが今月に入ったある日
設計事務所を名乗る男性が2名飛び込みでやって来た。
「耐震補強についてのお手伝いができないかと思いまして」
とのことだった。

話は進んだ。
よくよく聞けば、国からの補助金内で補強は可能らしい。
これまでビルの閉鎖だけしか頭になく
それについては何1つ調べもしなかった社長だけに
これは思いがけないニュースだった。

補強さえできれば、まだまだやっていける。
そう考えたのだろう。
180℃方向が変わった社長は、それに向け動き出した。
ビルの図面をコピーし、詳しい相談に入ったのである。
このまま話が順調に進み、本当に範囲内で補強が可能なら
会社はまた新しいテナントを募集することができ
今しばらく続けられることになる。
つまり、私の首も繋がるかもしれないのである。

モチロンまだまだ決定したわけではない。
糠喜びだけはしたくないが、それでも真っ暗な将来に
少しだけ明かりが見えた気がして嬉しかった。
[PR]
# by arnulfstr | 2012-11-15 14:47 | 会社

辛すぎる現実

現在のところ私のブログは2つしかないので
あちらに書けないことはここで書くしかない。

土曜日、同じ教室に通う友人が突然休んだ。
趣味友の彼女とはもう長い付き合いである。
確かに仕事も忙しい彼女ではあるが
これまで休む時には必ず私に連絡をくれていた。
それが何の連絡も無く休むとはイヤな予感がした。

帰宅してからメールをしたが
「返信はいらないからね。
来月会えるのを楽しみにしてるよ」と書いた。
仮に何かあったとしても、落ち着いた時には
ちゃんと彼女から話してくれるだろうと思ったからだ。

返信が届いたのは昨日の午後になってからである。
足をケガしたけれど
何とか歩けるようになったと書いてあった。
それからやり取りすること3回目で
彼女は真実を書いて来た。

金曜日の夜、彼女の目の前で
ご主人が死のうとしたというのである。
足のケガはそれを必死に止めた時に負ったもので
全ての指を突き指した状態だという。
診た医者も首をひねる症状で、彼女は一言
「人命救助です」
と言ったらしい。

彼女のご主人はちょうど去年の今頃
プライベートで旅行した先のホテルで事故に遭った。
夜、夫婦でベランダでお酒を飲んでいたところ
彼女の目の前で
誤って5階のベランダから落ちてしまったのである。
下は芝生でも何でもなくコンクリの駐車場。
どう考えても助かる見込みのない状態だった。

ところが酔っぱらっていたことが幸いし
ご主人は寝たきりになることも
車椅子が必要になることもなく見た目だけは回復した。
けれど実際は彼女曰く
「豆腐パックを落としたような状態」だそうで
つまり外見は何でもなくても中はポロポロということだ。
内臓の全てを損傷し、肩にはボルトが入り
脳もモチロンダメージを受けたため
ものごとを記憶することができなくなってしまった。
さらに、目まいは未だに取れずにいるようで
それでも仕事には復帰し、頑張っているように見えた。

けれど・・・よほど辛かったのかな・・・。
将来に悲観してしまったのかな・・・。
それでも、無くなっていい命だったなら
今ここにご主人はいないはずだと私は思う。

身体が思うようにならない苛立ちや絶望
それはやっぱり本人にしか分からないのだと思う。
それでもご主人を一生懸命支えている彼女を思うと
私はかける言葉が見つからない。
夜中に何度もご主人の呼吸が止まっていないかを確認し
熟睡することがないと言っていた彼女である。

幸い、彼女は落ち着きを取り戻し
気持ちも立て直してきたと書いてあったが
目の前であった事実を
そう簡単に忘れることはできないだろう。
どんなに怖かったかと思う。

ご主人がこのことを覚えているかは分からない。
けれど衝動的にしろ行動に出たということは
気持ちの中にその思いがあるということだろう。
今まで以上にご主人には気をつけてあげなければならず
彼女の方が壊れてしまわないかと心配だ。
[PR]
# by arnulfstr | 2012-11-12 11:31

真夜中のメール

20日の日に友人と会うことになった。
デートしてほしいと言われていた同級生である。

レストランで食事して、それからお茶して・・・
という流れは私自身どうしても気が進まないのに
「11月中に是非!」
と催促のお願いメールが届いた。

だったら最初から居酒屋で・・・。
と言うことで急きょ話は決まり
面倒なのでお店の予約も私がした。
2人とも飲まないのに居酒屋とは笑えるが
それでも私は気が楽になった。

すると昨日・・・もとい、真夜中1時51分
その彼からメールが届いた。
そもそもメールを送る時間としてもありえない。
私は先行きの不安からか最近は睡眠に問題があり
夜中に何度も目が覚める。
ところが昨日はそのメールが来るまで
珍しく爆睡していた。
けれどその眠りは着信音によって遮られた。

そんな時間にメールがあれば何事かと思う。
とりあえず読んでみれば
これが絵文字盛り盛りのメールだった。
要は、自分が誘っておきながら
お店まで決めてもらったことへのお礼と
助かったという感謝の気持ちを延々と・・・
そして最後は
「当日はたくさん食べようね~」となっていた。

何やら勘違いされているのでは困る。
早速今晩、非常識な時間のメールは止めてほしいと
送るつもりである。
[PR]
# by arnulfstr | 2012-11-08 16:36

忘年会

同窓会幹事を一緒にやっていた女子から
忘年会の案内メールが届いた。
「欠席でお願いします」
そう返信した。

6月の同窓会当日はモチロンのこと
その後も色々なことがあり
私の中で同級生とは距離を置こうと決めた。

旦那に浮気をされ私にイチャモンをつけた女は
その後もことあるごとにみんなに
私のことを悪く言っているそうだ。

私が相手の女に同窓会の案内を送ったことが悪い。
そのせいで相手の女が2次会から参加することになり
自分たちは帰らなくてはならなくなった・・・。
事情を何も知らない同級生にまでそう言っているという。

あまりにくだらなくて相手にする気にもなれない。
言いたい女には言わせておけばいい。
私は何も言わないし何もしない。
ただ、何もかもが面倒になったことは事実だ。

ちょうど会社も傾き、先行きも真っ暗である。
おとなしくしているのが1番だろう。
[PR]
# by arnulfstr | 2012-11-06 09:21

溜まるストレス

今さらながら男には呆れる。

うちの社長は奥さんに離婚を言い出されたが
その後、次から次へと奥さんの病気が見つかったことで
その話はそのままになっている。

さらに脳の病気で倒れ、入院した奥さんであるが
幸い、先日無事に退院することができた。
社長はこう言った。
「自分はどうなってもいいから
家内には長生きしてほしいんだよね」

男とはどうしてこういう生き物なのだろう。
そう思うなら、なぜずっと具合が悪かった奥さんを
医者にも診せず放っておいたのだろうか。
言っていることとやっていることの違う男・・・。
私が何より嫌いなものである。

元旦那も口先だけの男だった。
「思いやり」が大切だと人には言うくせに
思いやりの「お」の字もない男だった。

元旦那のストレスが無くなったと思ったら
今度は社長へのストレスが溜まり私は疲れ切っている。
よりによって1番嫌いなタイプの男が
社長である会社に入ってしまったことは
ついてなかったでは済まされない。
[PR]
# by arnulfstr | 2012-10-31 15:29

デートのお誘い

以前書いた同級生からお誘いメールが来た。

「1度だけでいいので
デートしてもらえませんか!?!?!?
そうすれば私の人生で思い残す事はありません!!!!」
と、やたら感嘆符がついている。

私はバツイチであり、彼は独身の同級生だ。
デートしたところで何の問題も無い。
ただ・・・彼の異常に強い押しに
かなり引いている私がいる。

別に会うこと自体はいいのだが
たぶん、とても疲れる時間になるだろうことは予想できる。
それでもここまで想われたなら
会わないわけにはいかないだろうとも思う。
友人は、盛んに会え会え!と薦める。

「本当は昼間から逢って青春して
映画でも見て、食事なんだろうけど(^v^)(^v^)(^v^)
お互いに時間に限りがあるから
食事でもしてお話でもできればいいね♪♪♪」
[PR]
# by arnulfstr | 2012-10-26 10:45

さらなる断捨離へ

何もする気の起きない暑い夏が終わり
やっと少しずつ、働く気力が戻って来た。

さっそく3連休のタンスの入れ替えをきっかけに
今ふたたび部屋を片付けることにした。
元旦那が出て行った際、大々的な片付けをしたが
今回はさらに視点を進めるのである。

私が死んでゴミとなるものは極力少ない方がいい。
他人に見られたくないものも処分すべきだ。
私はすでに
小学校からつけ続けた日記を全てシュレッダーした。
手紙もカードもしばらく手元に置いたものは捨てた。
私亡き後、残された娘や息子に
大掃除をさせるのは申し訳ないと思うからだ。

とりあえず私物となる物は極力片付ける。
そう決めて始めた掃除である。

先週末は45Lゴミ袋をパンパンに4つ出した。
色々かじった趣味の道具も
最初は友人に譲るつもりでいたが
送ったり何だりと面倒臭いので処分してしまうことにする。
過去に作った作品たちも適当な時期に捨てようと思う。

そして残された人生はとにかくシンプルに生きるのだ。
[PR]
# by arnulfstr | 2012-10-11 14:21

ついに休養

先日書いた友人から昨日電話があった。

8月から3ヶ月休養すべしとの診断書をもらった
同級生の友人である。
結局、彼は8月こそ何とか出社したものの
それからは休むことが増え10月付で異動になった・・・
と聞いていた。

「うつ病の△△です」
と電話して来た彼だが、声は元気そうだった。
聞けば10月1日付で異動の辞令は出たものの
結局新しい職場には全く出ていないそうで
今月いっぱいは自宅療養すると言う。
「今は毎日が日曜日」
彼はそう言った。

出勤することを思うと
特に週明けは布団から全く出られないそうだ。
心配した元の先輩たちが声をかけてくれ
今日も明日も会う約束をしていると言うが
「その時はいいんだけど
当日が近くなると行きたくなくなっちゃうんだよね」
と言っていた。

今日のニュースに、うつ病に苦しむ人が
世界で3億5000万人もいるとあった。
今や完全に世界レベルの問題なのだ。

1日も早く彼が元気に復活してくれることを
願うことしかできない私である。
[PR]
# by arnulfstr | 2012-10-10 13:43

鬱な世代

今は下りた同窓会の幹事であるが
それでも何だかんだと仲間たちの近況は耳に入る。

私は今回の同窓会を一区切りと考えている。
すでにその人間関係に疲れている上に
会社の傾きも大きくなり、途方に暮れてもいる。
この際、少しみんなと離れて静かにしていよう・・・。
そう決めた。

そして、先日の先生のお墓参りを最後に
私は自分から仲間たちに連絡を取ることを一切やめた。
届いたメールには返信こそするが
それ以外は全くメールもしていない。

ところがひょんなところから情報が入った。
私と仲のいい男子が、いよいよ鬱がひどくなったらしく
10月から異動になると言うのである。
先月彼と電話で話した時には、医者から
「8月から3ヶ月自宅療養を要する」という診断書が出たものの
職場で認めてもらえず、毎日出勤していると言っていた。

以前から奥さんの鬱がひどかったものの
彼はとても元気にしていた。
それが前回の職場がものすごいところであったため
2年の間に彼も通院が必要になってしまったのである。
今年異動し、やっと精神的に楽になったと喜んでいたのに
そんなことになっていたとは知らなかった。

別のメーカーに勤める男子も去年の暮れ
鬱が悪化し、強制的に入院させられていた。
幹事仲間である私には定期的に連絡をくれていて
3月には退院したと知らせてくれたものの
未だ職場復帰は果たせずにいる。

さらに、今は元気になっている2人もそうだ。
男子は希望でない慣れない営業部署に異動させられ
契約が取れずにいるうちに出社できなくなった。
のちに彼は退職し、それから7年経つ今は
働く奥さんに代わって主夫をしている。

元気いっぱいだった女子の場合は
交際相手の二股が発覚したことから
精神的に参ってしまった。
仕切り屋だった彼女だが
当時やっと出て来た飲み会では
別人のように静かで笑うこともなかった。
幸い今は元通り、パワフルな彼女に戻っている。

・・・そういう世代なのだろうか。
私の身近な仲間だけで4人が鬱と闘い
2人はまだそのトンネルを抜け出られていない。
とても他人ごととは思えない。
[PR]
# by arnulfstr | 2012-09-27 16:13

家の中に男の人・・・

以前、元旦那が家と私に固執し
生き霊となって憑いている・・・ということを書いた。

私のメインブログには日々の出来事を書いているが
そちらは娘も読んでいる。
自分の父親が生き霊となっているなどとは
間違っても書けないのである。

ということで、こちらのブログには
どうしてもこういう話題が増えてしまうのは止むなしだ。

幸い、その後は元旦那の執着心も落ち着いているようで
今のところ雨漏りは止まっているし
我が家にこれと言った不都合は出ていない。
私の激しい動悸も最近は感じることがない。

私にはかれこれ10年以上付き合っている
友人Bさんがいる。
習い事で意気投合した少し年下の彼女である。
実は、最近になって知ったのだが
彼女もまた見えないものを感じる能力があった。
元旦那の生き霊を見破ったAさんほど強くはないが
何となく見えたり感じたりするのだと言う。

その彼女が、先日会った時に突然言った。
「以前(私)さんちにお邪魔した時に
玄関の奥に男の人がいるのが見えたんだけど
その人のことをAさんは何か言ってなかった?
帰りに見たらいなかったから
その土地に縁のある人なのかなって思ったんだよね」

・・・え!?男の人??
自分の家にいるはずの無い人が見えたと聞いて
いい気がする人はいないだろう。
私もモチロン、背筋がゾッとした。
もしかしてそれって元旦那のことかしら?

別人だったら怖いのでAさんに確認した。
やはりそれは元旦那ではなかった。
そもそも生き霊と言うのは
そのように姿が見えるものではないらしい。
「それはたぶん通りすがりの霊だと思う。
でも大丈夫、悪い霊は入って来ないようにしてあるから」

・・・そうか、通りすがりの人だったのね。
けれどできれば頻繁に我が家を通りすがってほしくない。
いくら見えないとは言え、誰かが通っていると思うと
さすがの私も怖い・・・。
それでも悪い霊は入って来ないと言う
彼女の言葉を信じることにする。

ちなみにBさんのご主人は2年前に大ケガをしたが
彼女にはそうなることが何となく分かっていたと言う。
それはそれで辛い能力なのである。

そしてまた彼女はこんなことも言っていた。
初めて私に会った時
あまりに「陽」のパワーが強く出ていて驚いたそうだ。
全身から発散しているそのパワーに圧倒され
どちらかと言うと「陰」である彼女は引いたらしい。
「絶対にこの人とは友達になれない」と思ったそうだ。
彼女曰く
私は今でも無駄に「陽」パワーを放出してるらしい。
そう言われてもどうすりゃいいの?と思う。

やっぱり、おとなしくしてるのが1番かもしれない。
[PR]
# by arnulfstr | 2012-09-19 15:46