いつも笑顔でいたいから

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熟年離婚、その後。

それでも届く郵便

3月の初めに元旦那宛の郵便を会社宛に送った。
その際、郵便物の転送手続きをしてほしいと
メモを入れてお願いしたつもりだったが
今日また元旦那宛の郵便がたまたま2通同時に届いた。

1通は車のディーラーからの
どうでもよい郵便物であったためシュレッダーにかけた。
もう1通は元旦那の同級生からの転勤の挨拶状である。

結局、メモを入れたところで
何も手続きをしていないということだ。
転送する手間も、こちらが負担する送料も考えず
申し訳ないという気持ちもないのだろう。

今回のものを含め、今後これらを転送するつもりはない。
とりあえず手元に保管はするがそれだけだ。
すでに元旦那が家を出て1年3ヶ月以上が過ぎ
離婚届を提出してからも間もなく9ヶ月。
とっくに他人であり、私には何の義務もないのである。
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# by arnulfstr | 2011-04-30 19:33

届いた報告書

時を同じくして今、検察庁から通知書が届いた。
私が希望した主犯格の男の半年毎の報告である。

すでに2度の前科があるこの男には
今回の詐欺で12年の実刑判決が出た。
私たちから騙し取ったお金で高級車に乗り
毎日寿司だ、天ぷらだ、ステーキだ、懐石料理だと
贅沢三昧の生活をしブランド物を身にまとっていた。

裁判を傍聴に行くと逮捕後に身体を壊したとかで
結局、判決後に入ったのは医療刑務所だった。
つまり刑務所とは名ばかりの病院である。

今回の報告を見る限り
この半年も作業はしておらず「休養」。
受刑態度の評価も良くない。

この男の命令で犯罪を犯した下っ端は
自己破産したと言うのに、自分は休養。
こんなことが許されるのだろうか。

これまで、この報告は会社宛に送ってもらっていた。
元旦那は私が詐欺に遭ったことも知らなかったため
自宅への送付は避けてもらったのである。
けれど今後は自宅宛てに送ってもらうようにお願いした。
見られて面倒な相手はもういないのだ。
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# by arnulfstr | 2011-04-27 15:22

今また詐欺事件

私は4年ほど前に入った会社で詐欺に遭った。
結果的にはそのうちの5人を刑事告訴したが
実際には被害額の補償は未だに無いままである。

そのうちの1人が今回自己破産した。
私の手元には東京地裁から「破産手続開始通知書」が届き
4月20日午後5時に
破産手続開始決定がされた旨のお知らせと
5月25日まで債権届出期間が設定されているので
届け出るのであればとそのための用紙も同封されていた。
さらに「財産状況報告集会」が6月16日にあるらしいが
何だか難しくてよくわからない。

この男は懲役3年の判決を受け、執行猶予が5年ついた。
現在はまだ執行猶予中の身である。
裁判を傍聴して分かったことだが東大を出ていた。

私は債権の届け出をするつもりはない。
被害に遭ったのは大金だったが
この男は主犯に命じられて手伝っただけの下っ端で
元は私と同じ被害者だったのである。
実際、詐欺で集めたお金はこの男の懐には一銭も入らず
全ては現在医療刑務所に入っている主犯格の男に渡った。

私にとってはもう忘れたい過去のことである。
それでも主犯格の男の現在の状況は私の申請に基づき
半年毎に検察庁から報告をもらっているし
当時お世話になったマスコミの人とは
未だに連絡を取り合っている。
少なくとも、主犯格の男が12年の刑期を終える最後まで
しっかり見届けるつもりだ。
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# by arnulfstr | 2011-04-25 15:12

GWは大掃除

毎年GWにはガーデニングをするが
今年はチューリップの球根を掘り出す6月上旬まで
花壇はそのままにしておかなければならない。

ということで今年のGWは
「大掃除第2弾」を行うことにした。
第1弾は元旦那が出て行った後
かなり大幅に片付けたが、今回は視点を変え
1人暮らしに必要なもの以外は
思い切って処分することにした。

大震災以後も相変わらず余震は続いており
聞くところによれば
首都圏に直下型の大地震が来る可能性もあるらしい。
その時どこにいるかどう行動したかで
生死を分けるかもしれず、これまで以上に
「明日はどうなるかわからない」と感じる。
だからこそ、後悔のないように
やりたいことはやり、会いたい人には会い
言いたいことがあれば言っておくつもりだ。

それと同時に
改めて生活のシンプルさが大切だと思う。
今回の大掃除とともに
書き始めた「エンディングノート」を
完成させることも目標にしたい。
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# by arnulfstr | 2011-04-21 14:48 | 我が家

チューリップ畑

週末、1泊で温泉に出かけている間に
チューリップが咲き始めていたようだ。

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温泉で癒され、チューリップたちに癒され
私はますます元気である。
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# by arnulfstr | 2011-04-12 16:48 | 我が家

お通夜・・・

中学時代の恩師の奥様が亡くなり、今晩がお通夜だ。

先生は私の1年生の時の担任であり、学年主任であり
毎回、同窓会には必ず顔を出してくれている。
数年前からは奥さまの介護をご自身でされていて
ヘルパーさんの力を借りながら
下の世話を始め、何から何までやっていると言っていた。
「今まで苦労かけて来たから何てことないよ」
と言う先生だった。
ところが一昨年、息子さんが病気で亡くなった。
そして今度は奥様である。
先生はさぞかし力を落とされていることだろう。

お通夜には同窓会の幹事である私たちを始め
同級生たちが相当数参列すると思われる。
最近では年齢と共に
こういった場で同級生たちと会うことが多くなった。

けれど、実のところ私の気持ちは複雑だ。
何を隠そう、その斎場は
8ヶ月前に父を火葬した場所なのである。
行けばその時を思い出さずにはいられないだろうし
できることならパスしたいと言うのが正直な気持ちだ。
最近でこそ、突然泣きたくなることは減ったが
それでもまだ父のことを口に出すことはできない。

お焼香だけさせてもらい
今日のところは早々に失礼しようと思う私である。
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# by arnulfstr | 2011-04-08 13:18

我が家は空き家?

帰宅するとポストにメモが入っていた。
町会の班長さんからだった。

いつ訪ねてもうちが留守なので
去年の町会費が未収になっていると言う。
そして今後についてどうしたいのか
確認したいので電話をくれと書いてあった。
え??
こちらこそ町会費の集金が来ないので
どうしたのかと、先日もお隣に確認したところだ。

もともと班長は4ヶ月毎の持ち回りになっていて
そろそろうちの番のはずだったが
回って来ないのでおかしいと思っていたところだ。
話が見えない。

近所なのだから電話より行く方が早い。
さっそくその方の自宅へ伺い話を聞いて来た。
班長については、引退されたその方が
しばらくやってくれることになったそうで
順番が回って来ないことはそれで納得した。

メモにあったように何度か訪ねてくれたそうだが
たまたまタイミングが悪かったのだろう。
「留守にしてることが多いようですね」
と言われた。
そりゃあ、フルタイムで仕事をしているのだから
平日の昼間は留守だ。
息子はいるだろうが、その時間は爆睡している。
けれど週末はほとんどいるのだから
留守が多い、と言われるほどではないと思う。

けれど、挙句の果てに
いつ行っても留守で電気も消えてるから
もしかして住んでないのではと考えたらしい。
本部に「空き家かもしれない」と報告したそうだ。
当然本部としては、住んでいない家なら
町会費はもらえないだろう・・・となったらしい。
あり得ない。

確認してもらえれば
住んでいるかいないかは一目瞭然だ。
洗濯物は毎日ベランダに干しているし
花壇だって最近はマメに手入れしている。
何より隣近所に聞いてもらえば分かることだろう。
正直、カチンと来た。

私は去年の分と今年の町会費を払い
今後も何かあった時にはメモを入れてもらえば
こちらから連絡すると言った。
ついでに名前も訂正してもらうつもりでいたが
とてもそんな気分になれなかったので
そのまま帰って来た。
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# by arnulfstr | 2011-04-05 13:16 | 我が家

チューリップ♪

毎日見ていても
その生長ぶりに驚かされる最近のチューリップ。

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ついにつぼみもここまで出て来た。

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この1週間が暖かくなれば咲き始める日も近いだろう。
少し、花たちに癒されたい今日この頃である。
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# by arnulfstr | 2011-04-04 10:06 | 我が家

広がる不安

会社が怪しくなってきた。

もともと社長の器でない社長は
今回の大地震でパニクっている。
異常なほどムキになって節電に取り組んだと思えば
ついに4月からは一切エアコンを点けないと宣言した。
さらに経営している飲食店3店舗の
売り上げがガタ落ちしたことで店を閉めると言い出した。
大地震以後、客足が遠のいているのはどこも同じで
当然、従業員のせいでもない。
それを何の手立てもすることなく
突然閉店を言い出すとは信じられない。

すべての従業員は趣味で仕事をしているわけではない。
誰もがその収入に生活がかかっているのである。
学校を卒業後、社会に出ることなく
父親の作ったこの会社に入ったボンボン社長には
そんなことすら分からない。
社長にとって優先すべきは自分であり
自分の家族だけなのである。

さらに社長は完全なマイナス思考の人間で
物事を前向きに切り開いて行くことをしない。
努力し全員で乗り切ろうとは考えないのである。
儲からないなら、ダメなら、止めてしまえ。
続けるか止めるか、点けるか消すか・・・
常に2つの選択肢しかないのだ。

当然お店を止めてしまえば
それらの事務を担当している同僚の仕事が無くなる。
一昨日、その際には辞めてもらうことになると
社長が同僚に言ったそうだ。
彼女は私より年上だが、年金を貰うまではまだある。
けれど再就職口を探すとしても
残念ながら不可能に近いだろう。
そうなれば独身である彼女はどうなるのか・・・。

誰もが考えもしなかった大地震、そしてその余波。
それでなくても不安な毎日に
私自身、いつまで働けるのかと考えてしまう。
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# by arnulfstr | 2011-03-31 13:07 | 会社

節電

今、毎日のテーマは「節電」である。

我が家は息子と2人暮らしだが、生活のリズムが全く違い
それぞれが1人暮らしのような生活をしている。
そのため以前からも何かと節約はして来たが
今では週末自宅にいても電気はほとんど使わなくなった。
リビングのTVは消したまま
見たい番組があればお風呂用の小さいTVを点ける。
そして誰に会うわけでもないのだから
これでもかと厚着をして耐えるのである。

そして私が今、ストレスを溜めているのは
うちのピントのズレた社長である。

社長はこれまで「節約、節電」とは無縁の生活をしていた。
壊れてもいないPCを4台も買い替え
まだまだ使える事務所のシュレッダー
冷蔵庫、レンジを次々と新しくした。
家電量販店が大好きで、新しいものが大好きなのだ。

開けたものは閉めず、点けたものは消さない。
誰もいない社長室はエアコンを常に点けっぱなしにし
電気を煌々と点けたまま、自分は事務所にいる。
PCを1晩中点けっぱなしで帰ることも珍しくない。

それが今回の地震で目覚めてしまった。
お店やデパートが照明を落としているを見て
単純な頭の中には「節電」しか無くなったのである。

最初に目をつけたのがエアコンだ。
社長は元々ガンガンに点けてもいないエアコンを
一切、点けないことにした。
そして私たちが触れないようリモコンは自分が持ち去った。
今日の室温は18℃。
「寒ければコートを着ればいい」
とのことで私はダウンを着てマフラーを巻き仕事をしている。

この極端な社長に振り回され、会社で風邪を引くものかと
自分の身は自分で守らなければならない私である。
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# by arnulfstr | 2011-03-28 16:12

今思うこと

何だって気の滅入る今日この頃である。
それでなくても更新の少ないこのブログが
ますます何を書いたらいいのか分からない。

大地震から早くも10日以上が過ぎ
被災者となられた方々も
少しずつ前を向き始めていると言うのに
相変わらず続く大きな揺れ、そして原発の問題。

私たちにできる協力は何でもしようと
日々節電に励み、物不足に耐え
運行の定まらない電車通勤の混雑も我慢し
計画停電にも文句を言わず
精一杯頑張ってはいるけれど
先の見えない現実に募るのは不安ばかり。

けれど何がやって来たところで
私はここで暮らして行くしかないのである。
大騒ぎしたところで
どうにもならないことは仕方がない。
最終的にはなるようになるのだ。

発表される数値の上下に一喜一憂する人や
買い溜めに走る人たちを
私はちょっぴり冷めた目で見ている。
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# by arnulfstr | 2011-03-24 15:13

大地震

大地震がやって来た時、私は事務所にいた。
大きな揺れにすぐTVをつけると
どんどん激しくなる揺れに
その場から動くことができなくなってしまった。

外を見て初めて分かったことだが
ビルの前の大通りには人があふれていた。
狭い中央分離帯にまで避難している人たちもいて
よく見ればうちのテナントさんもたくさんいた。
現在の耐震基準を充たしていないうちのビルでは
それも無理のないことだろう。

その後も大きな揺れはこれでもかと続き
ミシミシ言う事務所では、いてもたってもいられず
私も同僚と外に避難することにした。
けれど歩道に出たところで揺れを感じないわけではなく
逆にユッサユッサと大揺れする
通り沿いのビルたちを見て怖くなった。

地震後は全ての電車が止まった。
どう考えても早々の復旧はないようだ。
私は歩いて帰ることを覚悟し帰宅路を調べた。
迷わず普通に歩ければ3時間というところだった。
方向オンチに夜道とくれば、あるのは不安だけ。
それでも幸いなことに
同じ方面に帰る男性社員が道連れになってくれ
2人で会社をあとにした。
冷たい風が強く吹く寒い夜だった。

すでに道路は大渋滞で
信号が変わってもビタッと止まったまま全く動かない。
もはや1番早い移動手段は自分の足で歩くことだ。

私たちは18時10分、会社を出た。
歩道もまた歩く人々で大混雑。
ものすごい数の人たちが黙々と歩く光景は異様だ。

結果的には2時間ほどで男性の家に到着し
そこから渋滞を避け
裏道で私の家の方向に送ってもらった。
けれど大通りの交差点で全く動かなくなったため
私はそこから再び歩いて帰ることにした。
その後40分、混雑する歩道を歩き続けた私が
無事自宅に到着したのは21時40分のことだった。
会社を出てから3時間半である。

連絡が取れなかった娘とは
歩いている途中でやっと電話がつながり無事を確認。
彼女は旦那の迎えを会社で待っていたのだが
結局大渋滞により自宅へ辿り着いたのは翌朝の6時半。
何と!往復11時間の旅となった。

そして仕事が休みで出ていた息子と連絡が取れたのは
それからさらに後のことであった。
彼は結局、途中の友人宅まで何とか歩き泊めてもらった。

後日分かったことだが
元旦那から子供たちにはすぐにメールが入っていたそうだ。
「無事ですか?」

私が郵送料をかけ手間をかけ
郵便物を転送してやっても何もないくせに
子供たちにはすぐにメールって・・・。
つくづくあの男は何なんだろうと思った。
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# by arnulfstr | 2011-03-17 14:15

今回も同じ

火曜日には届いただろう元旦那宛に転送した郵便。
遅くとも昨日には受け取っているはずである。
それでも予想はしていたが
「ありがとう」でなければ「お世話様」でもない。
前回、年賀状を転送した時と同じだ。

離婚したのだから私たちは他人である。
モチロン今さら関わりたくないのはお互い様だ。
それでもこちらはわざわざ手間をかけ
郵送料をかけて転送してあげているのである。
無視してしまえばできるところをだ。
何か腹が立つ。

自分が逆の立場だったらどう思うか・・・
相変わらず相手の立場に立って
物を考えられない人間なのだと思った。
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# by arnulfstr | 2011-03-10 11:16

春はチューリップ

今年は花壇にチューリップを植えた。

一気に咲いて終わってしまう花は寂しいので
何を植えようかと悩んでいたところ
友人のご主人がたくさんの球根をプレゼントしてくれた。

球根の種類は4つだ。
「極早咲」「早咲」「中咲」「後咲」とあって
「極早咲」は桜の開花1週間位後から咲き始める。
そのあとも、予定では順番に1週間ずつズレて咲く。

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今朝のチューリップたちだ。
こちらに植えたのが「極早咲」の球根10個。

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残る3種類はこちらにそれぞれ10個ずつ
合計で30個のチューリップである。

何やら順番通りに生長していない気もするが
チューリップ畑を今から楽しみにしている私である。
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# by arnulfstr | 2011-03-08 10:37 | 我が家

元旦那宛に留守電

2月の中旬に届いていた元旦那宛の郵便を
横に置いたまますっかり忘れてしまっていた。

当初はすぐに「転送届」について調べ
私でできるものなら手続きをしようとしたのだが
残念ながらできないことが分かった。
私が知っているのは元旦那の職場の住所のみ。
転送先に職場は指定できず
新住所が分からないと届が出せないのである。

今回、その郵便物を思い出すきっかけとなったのが
元旦那宛の留守電メッセージであった。
「〇〇です。連絡ありがとうございました。
3月18日、出席させていただきます。
お世話になります。よろしくお願いします」
元旦那の最初の職場の上司だった人からだと思われる。
先方は知らないのだろうから仕方は無いが
それでも正直迷惑なことである。

さすがに無視するわけにはいかない。
さっそくこのメッセージの内容と
転送届の提出依頼を書いたメモを入れ
届いていた郵便物を同封し元旦那の会社宛に送った。
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# by arnulfstr | 2011-03-07 10:12

進んだ視野欠損

月曜日は視野検査の日だった。

私の緑内障は3年前に偶然見つかった。
友人に勧められてレーシック手術を受ける気になり
その術前検診で発見されたのである。
幸い初期の段階で、それからは目薬によって
眼圧をコントロールしている。

残念ながら緑内障は治らない。
死んでしまった視神経が戻ることは無く
眼圧をコントロールしてもゆっくりと進行する。
そして視野は徐々に狭くなり
最悪の場合は失明することもある。

私の状態は初期だったとは言え
すでに使用している目薬は最大量である。
これで進行が早くなった時には
最後の手段として眼圧を下げる手術をするが
それが上手くいっても緑内障が治るわけではない。

そして今回、私の眼圧はかなり高めで
心配した通り右目の視野欠損が進んでいた。
前回よりも黒い部分、つまり欠損している部分が
私にも違いが分かるほど黒々としていた。
元々悪かったところだそうだが
今回はその度合いが深さを増したようである。
幸い、横への広がりは少しだけなのだが
先生はこのまま様子を見るしかないと言った。

PCに表示された右目の結果を見る限り
すでに中期まで進んでいるように感じた。
このまま進行が加速するようであれば
そう遠くない将来、手術になるかもしれない。
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# by arnulfstr | 2011-03-02 09:45 | 健康

エンディングノート

現在は息子と2人暮らしの私だが
それでも用意しておくに越したことはないと購入したのが
「エンディングノート」である。
遺言書のような効力はないものの
いざという時に遺された家族が困らないように
自分についての全てを記録しておくことができる。

たとえば「友人・知人一覧」というところには
友人たちのデータを記入するのだが
これが普通の住所録とはちょっと違う。
その友人に「入院時や葬儀時に連絡をするかしないか」
の欄があり、それぞれに希望を書けるようになっている。

また「告知・延命処置について」のページもあり
自分が残念ながらその判断が必要な状態になった時に
どうしてほしいかを、ちゃんと意思表示しておける。

さらに「葬儀について」は
葬儀を希望するかしないかに始まり
葬儀業者を利用するかしないか
そして葬儀費用の準備の有無までが書ける。
どこの金融機関に準備してあるのか
またはどの保険をそれに充ててほしいのか・・・
遺された家族には助かる情報だ。

私はこのノートをかなり書き込んだ。
完璧に書き上げておけば
とりあえずあとのことは心配もなく安心だ。
モチロン、メモ欄にはブログの閉鎖も
お願いしておこうと思っている。

備えあれば憂いなし。
この準備は決して早過ぎることはなく
生活のシンプル化と共に
1人暮らしの人間には大切なことだろう。
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# by arnulfstr | 2011-02-21 16:28

再婚はしない

喪中のハガキが旧姓だったことなどから
私の離婚を知った2人の男性から連絡があった。

1人は現在も独身を貫く中学時代の同級生で
当時私は彼からラブレターをもらった。
けれど卒業後に連絡を取り合うことはなく
前回の同窓会で30年ぶりに再会したものの
幹事であった私は彼と話すこともできなかった。

その彼が今回私の離婚を知り
これはきっと自分に来た最後のチャンスだと
再度立候補をしたい旨のメールをくれたのだ。
実は彼のお母さんは
私の父が亡くなる2日前に亡くなった。
そんな身内の病という共通点があったため
春頃から時々近況を知らせ合い励まし合っていた。
その後も彼は私に対する気持ちを
そのまま隠さず素直にメールしてくれている。

もう1人は昔の職場の上司だ。
現在はバツイチで1人暮らしをしている。
隣の席で一緒に仕事をし、お世話になった人だ。
当時から私を気に入っていると宣言していたが
今でもその気持ちは変わっていないと言う。

私にとってはどちらもありがたく嬉しい申し出である。
けれど残念ながら私自身は
たとえそれがどんな相手であろうと
再婚は全く考えていない。
私はやっと自由になり、これからは
自分の思い通りに生きて行こうと決めたところだ。
それを今また自分以外の新しい誰かのために
変えようとは思えない。

モチロン異性の友人はいないよりいた方がいいだろう。
それでも面倒臭い付き合いはしたくない。
もともと私は長生きしたいと思っていないし
とりあえずあと10年くらい生きて
その毎日を自分が幸せだと感じられたらそれでいい。
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# by arnulfstr | 2011-02-18 16:24

バツイチ友人も大変

旦那の浮気が原因で
私より1ヶ月早く離婚した友人のその後だ。

彼女は私と違い
自分が家を出て1人暮らしを始めた。
去年社会人になった娘は彼女と合わず
現在も父親と2人で暮らしている。
彼女は1人で生きて行くため
それまでのパートを辞めてキチンとした仕事につき
職場の近くに部屋を借り、新しい生活をスタートした。
当然収入は増え、将来的には年金分割もあり
1人の生活は順調にスタートしたはずだった。

けれどそれから4ヶ月、去年の秋に
彼女の妹さんが若くして脳梗塞で倒れた。
昔から性格が全く合わず
ほとんど行き来の無い妹さんではあったが
唯一の肉親である彼女にその連絡が入った。

幸い手術は無事に済み、今もまだ入院しているが
彼女曰く妹さんは「その性格ゆえ」結婚もできず
恋人もいなければ友人もいないらしい。
現在もリハビリを続けているものの左半身は動かず
この先、職場に復帰することは難しいかもしれない。

そんな妹さんが以前のように
1人暮らしを続けられるかどうかも分からない。
最悪、自分が看るしかないだろうと覚悟した彼女は
結局、現在の仕事を更新せず
春からは語学力を活かした在宅の仕事をすることにした。

実際、同居し面倒をみることになれば
今の部屋では色々と不都合もあり
再度の引っ越しも考えなくてはならないだろう。

お互いの離婚を喜び合い
頑張って行こうと励まし合った彼女だが
早くもまた新たな転機が訪れてしまったようである。
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# by arnulfstr | 2011-02-17 09:49

まだ届く郵便

昨日また、元旦那宛の郵便が届いた。
中国からの手紙で差出名は日本人だ。

先月の半ば頃
いつまで手元に置いておいても仕方ないので
こちらに届いた年賀状と保険会社からの郵便
それとちょうど来た税務署からの郵便を
まとめて大きな封筒に入れて郵送した。
どこに住んでいるのかは知らないので
前回知らされた会社宛に「親展」として送った。

ちゃんと届いたかどうかは不明だ。
それに関して元旦那からは何の連絡もない。

表札に私の名前だけが出ていれば
元旦那宛の郵便は全て宛先不明で戻されるだろう。
けれど息子がそのままの名前でいるため
表札に2つの名前がある現在は
元旦那宛の郵便は普通に配達されて来る。

その都度、私は郵送料をかけて
会社宛に送らなければならないのだろうか。
何だか釈然としない。
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# by arnulfstr | 2011-02-16 14:58

脳梗塞

私は元々頭痛持ちで、常に頭痛薬を持ち歩いている。
市販薬も飲み続ければ効かなくなるもので
さすがに我慢できず、頭痛外来を訪れた。
3年前のことである。

その時に私の頭痛は「片頭痛」であることが分かった。
同時に脳のMRIを初めて撮り
その際に、いくつかの小さい脳梗塞が見つかった。
年齢からしても若干早いということで
毎年のチェックを続けるよう言われていたが
検査にはお金もかかり、気がつけば3年が経っていた。

その後も片頭痛は繰り返していたので
昨日、ネットで探した別の頭痛外来に行って来た。
そしてCTを撮影してもらった結果
脳梗塞部分が大きくなっていることが分かった。
もっとも頭痛とこの脳梗塞には何の関係もないそうだ。
梗塞部分は今すぐどうこうではないものの
経過観察が必要とのことで、とりあえず今回から
血栓を溶かす、血液をサラサラにする薬を飲むことになった。

幸いそれ以外はとても健康な脳の状態で、委縮もなく
痴呆の心配も全くないと太鼓判を押してもらったが
それでも詰まってしまえばおしまいだ。

眼科だけではなく、今後は頭痛外来にも
一生通い続けなくてはならなくなった私である。
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# by arnulfstr | 2011-02-08 16:37 | 健康

その後の生活

離婚後も変わらず、私は息子と暮らしている。
息子の仕事の時間帯は午後から夜中で
私と顔を合わせるのは週末くらいしかない。
連絡はもっぱらメールだ。

基本的に平日は毎日2人分のお弁当を作っている。
12月からはジムに通い始めた。
実は一昨年このジムができ
入りたいと思っていた矢先に父が倒れたため
全てがやっと一段落した今の入会となった。

今は週4日、帰宅して洗濯をし
夕飯の支度をして1人で食事を済ませると
21時には家を出て最後の23時まで汗を流している。
繰り返すギックリ腰予防に筋力をつけるのが目的だが
汗をかいた後のジャグジー風呂は気持ち良く
ジム通いも3ヶ月目に入っている。
ジムが休みの水曜日には友人たちと会ったり
買い物に出かけたりし
私はこの健康的な毎日を何気に気に入っている。

我が家の玄関には表札が2つ出ている。
それでもご近所さんは何も訊いて来ない。
元旦那の姿を見なくなって丸1年になっても
「最近ご主人見かけないけど」
という話にもならないのである。
私自身は別に隠すつもりもないが
訊かれてもいないものを
わざわざ自分から話す必要もないと思っている。

間もなく27になる息子は
名字を私と同じにしようか考えているようだ。
本家の長男の息子となる彼だけに
元旦那に言えば大反対されるに決まっているが
彼はとっくに成人であり決めるのは本人だ。
その件については本人の意思に任せようと思う。

娘は京都での単身赴任を終えた旦那と
やっと夫婦らしい生活をスタートさせた。
その娘婿はすでに新しい映画の撮影に入っており
相変わらずほとんど家にいないようではあるが
新婚であろうと、やはり亭主は元気で留守がいい。
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# by arnulfstr | 2011-02-04 10:09

母のこと

父が亡くなって、もうすぐ半年になる。
肉親を亡くすことがこんなに辛いことだったとは
経験してみなければ分からないことだ。

私は今でも訳もなく悲しくなることがある。
突然、無性に泣きたくなるのだ。
まだまだ悲しみは癒えることなく
少々精神状態が不安定なのかもしれない。

母は何とか元気にしている。
近所に住む父の姉(伯母)とは今も親しくしているが
その伯母は84歳で1人暮らしをしている。
今回父が亡くなったのを機会に
九州の弟から帰って来たらどうかと言われ
今後のことを相談するため母も付き添い
11月に10日間ほど帰郷した。
結局、伯母は
今さら知り合いもない地元へ帰ることを拒み
今まで通りこちらで最期まで暮らすことを選んだ。

父亡き後、元気に見えた母だったが
まだまだ精神的にも立ち直れていない中を
そんな旅行に出かけた疲れがあったのだろう。
12月に入ると寝込んでしまった。

もともと低血圧なのだが、今回は目まいがひどく
起き上がることができなくなってしまったのである。
とりあえず近所の医者に診てもらうも症状は改善されず
翌週になって今度は目まい外来へ診せた。
院長先生自ら色々な検査をしてくれたが異常は認められず
やはりこれまでの疲れが一気に出たようだ。

母は先月が誕生日で74歳になった。
最近になってやっとパチンコに行く元気も戻り
持ち前の博才を発揮しては
私の給料よりよっぽど稼いで来ている。

母にはいつでもうちに来ていいと言ってあるが
今のところ、弟家族との同居を続けるようだ。
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# by arnulfstr | 2011-02-03 10:05 | 家族

不安だらけ

離婚を決意するに当たって、私は当然考えた。
今の収入でこの先1人で生きていけるだろうか。

家はもらえることになったので当面は生活費だ。
自慢ではないが私は過去に詐欺に遭っており
蓄えと呼べるものはほとんど無くなった。
さらに家は私名義になっても
預金はすべて元旦那が持って行ったため
いざという時に使えるものは多くない。
それでも幸いなことに
私はフルタイムで正社員として仕事をしており
問題がなければ定年までは働けるはずだ。
贅沢さえしなければ何とか暮らして行けるだろう。
・・・ところが、その読みが狂い始めた。

私は不動産の管理会社で経理をしている。
テナントさんがいてくれる限り
決まった家賃収入があり心配はないはずだった。
けれどこの不景気でテナントさんの退出が相次いだ。
それらは当然予想されていたことだったが
危機感を持っていたのは社員だけで
当の社長は何の手立ても努力もしなかった。

そしてその結果、社長の出した対策が
「社員の給料を減らすこと」だった。
年末に社長は言った。
「春には1番大きなテナントさんの退出が決まり
会社はとても厳しい状態になる。
当然これまでのようには行かないので
来年は昇給もナシ、ボーナスも出せないから」

たった5人の社員への支払いを減らしたところで
何の足しになると言うのだろう・・・。
ざっと計算しても100万以上の年収減だ。
それでなくても月々の給料は
生活費で消えてしまうだけのものしかなく
とても貯蓄に回す余裕はない。
今後、突然の出費にはどう対処すべきか。

もう1つ驚いたのがこの会社の定年で
女性は55歳だと言うのだ。
それだけではなく、それ以前に
それまで会社があるかどうかも怪しくなって来た。
社長はどうやらあと5年程度を目安に
会社を閉じることを考えているらしいのである。
現在の自社ビルは老朽化し、建て直そうにも
息子に跡継ぎを断られたため
自分の代で終わらせることを考えたようだ。

この先5年で仕事が無くなっても
私はまだ10年は年金をもらえない。
もらえたところで
離婚分割もない年金額は微々たるものだ。
当然それだけで暮らしていくことは厳しいだろう。
その上私には緑内障という持病があり
病状が進めば働くことができなくなるかもしれない。

先を考えれば不安だらけだ。
けれど1人で生きることを選んだのはこの私。
前を向いて行くしかない。
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# by arnulfstr | 2011-02-02 11:00 | 会社

バツイチ男の気持ち

先日、同級生たちとの新年会があった。
メンバーはたまたま男3、女3の6人だ。
その中でバツイチは2人、私と男子1人である。

そろって乾杯するなり彼が言った。
「俺、ショックだよ~」
私の離婚後、初めて会った彼は
離婚した女はしょぼくれるものだと思っていたらしい。
ところが予想に反して
私が元気でイキイキしていたことで
自分の奥さんもそうなのかと考えたようだ。
「元気どころか全然若々しいよな~。
何か輝いてるよ」

そんなことから夫婦間の話になり1人の男子が言った。
「俺なんか家に帰って目が合うのは犬だけだもんね」
これにはみんなで大笑いしたが
奥さんからのメールは夕飯を食べるかどうかの確認と
お金のことだけだと言うと賛同者も出た。
会話の少なさは危険信号だと私たちバツイチ組は言った。

そのバツイチの彼は
離婚して初めて家事を自分でやることになったが
洗剤の種類から洗濯物の干し方まで何1つ分からず
黒いシャツを直射日光に当てて息子に怒られたと言う。
今までいかに自分が何もしようとせず
全てを奥さんだけに押し付けていたかを
今さらながら身に沁みて感じ、反省したらしい。
「ずっとそう思ってた」
何かの時に元奥さんにそう言われたと言う彼に
「そうやって1つ1つが積もり積もって行くんだよ」
と私は言った。

それでも彼は、年末には
家中をみんなが驚くほど大掃除し
今では同居している次男と2人分の炊事洗濯をしている。
そして奥さんがしてくていることを当然のことと思い
感謝の気持ちを言葉にしなかったことを悔やんでいる。

以前から彼とも話していたが、私たち夫婦は似ていた。
私は彼の中に元旦那を見て
彼は私の言葉に元奥さんを重ねる。
彼の言動は元旦那にかぶるものがあり
家庭内別居が長かった彼との離婚共通点は多い。

彼はある日突然、奥さんから離婚届を渡され
最後には面倒になって印鑑を押したが、未だに
「何で離婚したのか分からない」
と言っている。
「ちゃんと働いて食わしてやったのに」
あ~元旦那にそっくりだ。

独身には戻ったが、間違っても
私が彼と一緒になることはないと確信した。
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# by arnulfstr | 2011-02-01 10:27

年賀状

離婚して8日後、私の父が亡くなった。
すでに他人となった元旦那にはその事実を知らせず
葬儀は身内だけで済ませた。

私は暮れに喪中のハガキを出した。
旧姓に戻った私の名前を見て
何人かの友人は驚いて連絡してきた。
ところが元旦那と共通の友人たちからは
親しくしていた人でさえも何も言って来なかった。
これは正直意外だったが
どうやらすでに私たちの離婚を知っていたようだ。

年が明けると年賀状は1枚も来なかった。
喪中である我が家に来ないのは当たり前だが
元旦那宛のものも無かったのには驚いた。
それで納得した。
きっと元旦那は早々に引越しの挨拶状を出したのだろう。
その中で離婚について書いたのかもしれない。

ところが年明け4日目頃、2枚の年賀状が届いた。
どちらの宛名も元旦那と私の名前が連名になっている。
元旦那が送った年賀状への返事だと思われるが
まさか引越したとは思わずそのまま印刷したらしい。
驚いたのはそのうちの1枚が
元旦那のイトコからのものだったことだ。
ちょっとばかり意味不明である。
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# by arnulfstr | 2011-01-31 11:31

元旦那色の家

息子と2人だけの生活になり、断捨離もブームなので
秋からはさらに家の中を片付けた。

6年に及んだ家庭内別居で
私の部屋には非常食から小さな家電まで
いざという時には部屋から出なくても暮らせるように
何もかもが持ち込まれていた。
通帳や印鑑さえも泥棒に備えるためでなく
元旦那に見つからないようにと隠していたのである。

もはやこの家に元旦那の影はない。
そう思えるまで片付け切った時
私はとんでもないことに気付いた。
元旦那はあちこちにいたのである・・・。

元旦那の好きな色は緑。
結婚当初から元旦那は家中を緑にしたいと考え
私も別段、嫌いな色ではなかったので反対しなかった。
当時はカラー家電がブームで
どんな家電もカラフルな時代だった。
かくして我が家の新婚家庭は
家電から何から全てが緑色で統一された。

そしてそれはそのまま変わらず継承され
11年前に今の家を新築した時も
壁紙は考えることなく緑色にした。
今、見渡してみても家中のカーテンが緑であり
ソファー、カーペット、コタツ布団、テーブルクロス
システムキッチン、浴室、トイレから小物まで
その全てが緑、元旦那の色なのである。

だからと言ってそれらを買い替える金銭的余裕はない。
結局、私は元旦那色の家で
これからも暮らして行くしかないのである。
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# by arnulfstr | 2011-01-28 09:33 | 我が家

固定資産税

12月30日の夕方、元旦那からメールが来た。

「お元気でお過しのことと存じます。
さて、本日久しぶりに記帳したところ9/30と12/27に
固定資産税△△△円がそれぞれ引き落としされていました。
口座変更手続きを今一度ご確認願います。
なお、本メールの返信は不要です。
それでは、どうぞよいお年をお迎え下さい。」

年末に何とも気分の悪いメールだが、そこで考えた。
実は7月にも「6月に落ちた固定資産税を負担しろ」
とのメールがあり、その全額を振り込んだ。
「なお、今年3月までの固定資産税の引き落とし分は
こちらで負担いたします。」
とも書かれていた。

その当時は深く考えなかったけれど
よくよく考えてみれば、これはおかしい。
私が離婚届を提出したのは8月5日。
不動産が100%私の名義になったのはその時だ。
当然、そこまでの固定資産税は元旦那も分担すべきで
それまでの私の負担分は
当時の持ち分であった1/5だけのはずである。

さらに元旦那が家に一銭も入れなくなって以降
私が毎月払った30,000円は、光熱費のほか
固定資産税負担分も含み算出した額で
私は自分が払うべきものは払ったつもりだ。
それを3月までは自分が私の分も負担したかの如く
書かれるのは納得できない。

今回はそれらを計算し直し
明細をメールした上で差額を振り込んだ。
そして税務署に連絡し
手続きし忘れていた固定資産税の引落口座を変更した。
間に合わない可能性があるため
2月に落ちる分は用紙で振り込むことにした。

ところが手続きしなくてはならないものがもう1つあった。
NTTの電話債券だ。
我が家はKDDIを使っているためNTTは休止していた。
その期限が今年の夏に来るが、確認したところ
さらなる休止期間の延長を希望する場合は
名義変更が必要だそうだ。
けれどそれは権利譲渡に当たるらしく
元旦那からの書類を取り付けなければできないと言う。

もはや何の価値も無い債権に手間をかけるのは面倒だ。
それに元旦那には極力連絡をとりたくない。
結局、債権はそのまま放棄することに決めた。
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# by arnulfstr | 2011-01-27 10:22

発つ元旦那、跡を濁す

元旦那が家を出て行ったあとの片付けは
本当に腹の立つことばかりだった。

元旦那専用にしていた1階のトイレは
綿ボコリが見事3センチほどの厚さに積もり
一瞬雲の上にいるような錯覚に陥った。
綿ボコリがここまで積もったのを見たのは
後にも先にもこれが初めてだった。
メチャクチャ腹が立った。

結局のところ、家庭内別居を始めてから
元旦那の生活スペースは全てにおいて
ロクに掃除をしていなかったのである。

そして年末の大掃除で怒りは爆発した。
当然、網戸と窓も1度も掃除されておらず
何と!それぞれに黒くカビが生えていたのである。
網戸や窓にカビが生えることも初めて知った。

それらはすべて私が掃除することになったが
元旦那が使っていた間に
一体どれだけ1階が傷んでしまったかと思うと
腹の虫が収まらない。

押入れの中には大きな袋4つに入った
ハンガーが山のように残されていた。
クリーニング屋の黒いプラスチックハンガーである。
その数ざっと200本。
その都度引き取ってもらえばいいものを
ここまで溜め込み、そして残して行った。
1度はクリーニング屋に持ち込むことも考えたが
私がそこまでする義理はない。
エコにもハンガーにも申し訳ないが捨てた。
それだって私には十分に余計な仕事だ。

元旦那が使っていた寝具も全て捨てた。
結婚してから購入した大小2つのスーツケースも捨てた。
開くことのないアルバムは今のところそのままだが
それ以外に元旦那のものは無くなった。
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# by arnulfstr | 2011-01-26 12:58

他人に戻って5ヶ月

気分も新たにブログを開設するにあたり
まずはその後の報告をするところから始めたい。

離婚届を提出してから5ヶ月半になるが
私は今現在、元旦那がどこに住んでいるのか
元気なのか病気なのかも知らない。
モチロンそれらは他人に戻った今となっては
どうでもよく、知りたくもないことだ。

思いつく限りの変更手続きは全て終えた。
今思えば元旦那は、離婚が成立する8ヶ月も前から
変更手続きは早くしてくれと私に言っていた。
全ては名前を戻してからでなければ
できないことなのにである。

それでいて自分はどうかと言えば
何度迷惑だから変更してくれとメールをしても
元義父から元旦那宛に定期的に送って来るグルメ便は
離婚後もこちらに2度ほど届いた。
どちらも生ものであったが関係ない。
「その人はここには住んでいませんので戻して下さい」
私はそう言って受取りを拒否した。

さらに車の車検が近づいていたようで
ディーラー担当者からは毎日留守電が入っていた。
何度も訪ねて来たらしく、ポストには名刺も入っていた。
モチロンこれまでにもそちらから連絡するようにと
元旦那にはメールを入れてあったが
つまりはしていなかったということだ。
すでに車庫にあるのは息子の車であり
担当者はさぞかし不安になったことだろう。
さすがに彼が気の毒になったので
私は再度、元旦那にメールした。
「このメール以降、また担当者からこちらに連絡があれば
そちらの携帯番号を教えます」
最後にこう書いた。
それ以来、担当者からこちらへの連絡は無い。
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# by arnulfstr | 2011-01-25 14:01